28話

「それじゃ、まずは確認ね。君はこれからもこの体で生活していくかい?」

「どういうこと? 取り上げたりしないんでしょ」

「そうだよ、俺が君から勝手に取り上げることはしないよ。だからこれは君の意思確認なんだよ。これからも君がこの体を使い続けていくかどうかって言うね」

「もし、続けないといえば?」

「そりゃもちろん、元に戻ってもらうよ。だって続けないってことはいらないってことでしょ。あぁ、他の体に乗り換えるとかは駄目だからね、だって君は前に来たときに自分で選択してこの体を選んだんだもん。いまさら1番目や2番目の君になるとかは無し」

「そうよね、当然だわ」

「で、君の意思、まだ聞いてないけど、どうするの?」

 奈津紀は一瞬この質問には何かあるのではないかと思ったが、今更あのみすぼらしい醜い自分に戻るなど考えられなかった。

 元に戻れば当然今の生活は手放さなければならない。

 幸福な生活の記憶があるまま戻ってしまうのは、以前よりもずっと惨めな気持ちになるだろう。

「元の体に戻るなんて絶対嫌、もうこの体である自分が私なんですもの」

「なるほどね、了解。じゃぁ最後に伝え忘れていた事柄の話をしようか」

 奈津紀が、その事柄は一体なんなんだと嫌そうに眉間に皺を寄せて睨みつけると、青年は何かを含んだような微笑を向けた。

 そっと絡めていた腕を外し奈津紀の体から離れる。

 奈津紀は、まだじんわりとした痛みの残る自分の体をさすりながら、自分の横にある椅子に腰掛けた青年の方を向く。

「伝え忘れていたって言っても君に損を与えるようなことじゃないから安心していいよ。君にね、契約を結んでもらいたいんだよ」

「契約?」

「そう、契約。どんなものでも手に入れるときには契約が行なわれる。何かを手に入れたなら相手に何かを渡す、当然のことだよね。君が手に入れたのはその容姿。つまりこの契約は君がその容姿を手に入れるための契約さ」

「契約、まぁ、確かにそうだけど」

 青年の言葉に納得は出来ても、どこか釈然としない感覚が奈津紀にはあり、契約しますと素直に言い出せなかった。

 そんな奈津紀の様子を小さく笑った青年は最後に一言呟くように、けれど奈津紀に聞かせるように言う。

「契約をしないってことは取引は成立しない。君にはこの体を返してもらうよ」

「取り上げようって言うの」

「契約をしないって言う君の意思によってこの取引がなくなるんだ。俺が勝手に取り上げるわけじゃない」

 眉間に皺を寄せる奈津紀の横で青年は空中に手をかざし、何も無かった空間から白い紙が現れた。

 空中に現れた紙は青年の手の動きにあわせるようにゆらめき、奈津紀の目の前に舞い降りる。

 青年は紙の一番下にある空白を指差して、にこやかな笑顔を向けた。

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