26話

 奈津紀をもう少しで手に入れることができると思った男は、必死で奈津紀の気を引き、奈津紀の心を手に入れようとする。

 奈津紀自身がそのように仕組んでいるとも知らずのめりこみ、そしてその行為が奈津紀をより幸せにし、より豪華な生活を送らせる結果となった。

 窓の外を眺めていた奈津紀は会社に行く準備をするため、ベッドルームの隣の部屋へ移動する。

 壁一面鏡が貼り付けられたその場所で奈津紀は自分を着飾った。

 胸元は胸の谷間の始まりが見える程度、スカートもミニスカートではなく、太ももの始まりが見え始める膝から少し上の部分、見えそうで見えないことを重要視しつつ、セクシーさを出す服装。

 化粧はあくまでナチュラルに、頬を染めたときのその色が分かる程度に留めておく。

 全てを見せないからこそ、男たちはよりいっそう全てを見たいと自分を求めるのだと、入念に鏡に自分の姿を映して確認する。

「今日も素敵よ、奈津紀」

 鏡の中の自分に語りかけ、鏡に映った自分の顔に手を伸ばした瞬間、奈津紀は鏡の中から現れた手によってその中に引きずり込まれた。

 水の膜をすり抜けるような覚えのある感覚がした後、瞳を閉じている奈津紀の耳に聞き覚えのある声が入ってくる。

「どうやら、色々楽しんでいるみたいだね」

 その声に瞳を開ければ、目の前には生意気な笑みを浮かべた鏡屋の青年がいた。

 辺りは以前と違って灰色の景色で、無数の自分もそこには居ない。

 足を組み、自分の隣の席を勧める青年にしたがって、おどおどすることなく椅子に腰を下ろし奈津紀は微笑む。

「えぇ、おかげさまで。とっても楽しい毎日だわ」

「そう、それは良かったよ」

 青年は笑みを浮かべたまま奈津紀を見つめ、それ以上何かを言う気配はない。続く沈黙に耐えかねて奈津紀が口を開いた。

「それで、何か、私に用なの?」

 奈津紀の中にある不安がよぎった。

 数ヶ月何も音沙汰の無かった青年が現れ、沈黙しながら自分の体を確認するように見つめている。

 もしかして青年の口から、体を返せといわれるんじゃないかと不安だったのだ。

 平静を装いながら、奈津紀は自分を見つめる青年の言葉を待つ。すると、微笑した青年が奈津紀に言った。

「安心していいよ。別に体を返せと言う為に君をここに呼んだわけではないからさ」

 自分の不安を言い当てられた奈津紀は少し戸惑いながら、青年に怪訝な視線を送る。

 そんな奈津紀にかわらず笑顔を浮かべた青年は席を立ち、そっと奈津紀に近づいて顎に手をあて、奈津紀の顔を上に向けさせた。

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