24話
別の男に送られて、沢山のブランドの袋を抱え家に帰れば、数日に一度は必ず自宅の電話の留守録が点滅していた。
そしてその内容は何時だって同じだった。
「あの、えっと、元気なのかなと思って? ごめん」
(全くなんなのよ、男のくせに優柔不断っぽい喋り方。何を言いたいのか、何がしたいのかわからない伝言に意味はないわ。何より最後の「ごめん」って、何に対しての「ごめん」なの? いい加減にして欲しいわ、毎回同じことばかり)
当然警察に相談もしたが、襲われたということもなく、被害がないということで様子を見しましょうというだけだった。
確かに被害はないが、あの留守番電話の声を聞くと無性に胸が締め付けられて、妙な気持ちが湧き上がりそのことに苛立つ日々。
その感情が一体なんなのかは分からない。
「あの声は、あの人の声。それは分かっている、けど……」
ずいぶん前、電車で奈津紀を痴漢から助けてくれたあの人の声であることは分かっていた。
だが、あれから奈津紀は会社近くのマンションに引っ越し、以前のように電車を利用することはまれであり、たとえ乗ったとしてもその人物がいるかどうかは分からない。
あの電車での出来事の後、奈津紀は事あるごとに確かに知っているはずの彼を何度も思い出そうとする。
しかし、思い出せなかった。「もしかして」も「ひょっとして」も何も無い。全く思い出すことが出来なかったのだ。
記憶力は悪い方じゃないのに、思い出せなかった彼。
そして、なぜそんな彼を必死で思い出そうとしているのか奈津紀自身にも分からなかった。
暫くして、奈津紀が自分自身の容姿を武器にしようと決めたとき、奈津紀は彼を思い出そうとする事、考えようとする事をやめた。
奈津紀の周りには男があふれ始め、そのことだけとなって、彼一人のことを思う時間などなくなった。
何より自分に何も与えてくれず、疑問ばかりを浮上させる男など必要ないと思ったのだ。
ただ、奈津紀の中で彼の存在が完全に消えることはなく、どちらかといえば彼を忘れるために、思い出さないために日々の幸福をよりいっそう感じようとしているようだった。
自分という存在を特別に扱い、幸せを与えてくれる男たちの中に身を置いた奈津紀には、どこか気になって思い出さなければならないと思っていた彼の存在が、徐々に面倒で気持ちの悪い存在になってしまう。
自分が知らない、けれども相手は自分を知っているような電話。
その気持ち悪さが自分の感情を乱すのだと、奈津紀は思っていた。
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