23話

 そうして数週間が経った時、奈津紀の美しい顔に苛立ちが見え始める。

 容姿が変化してはじめのうちは、自分に媚を売るようによってくる男も女も、皆の態度全てが奈津紀を満たす優越感になっていた。

 振りまく笑顔も策略の中の笑顔であったり、優越の笑みだった。

 しかし、数日経てば心のどこかで苛立ちが生まれ、数週間たった今では美しい笑顔は苛立ちを隠す立派な材料となってしまっている。

 そう、その頃の奈津紀は自分によってくる男女等の存在が鬱陶しいものとなっていた。

 どうして自分はこんなに苛立っているのだろう。

 それを考えた奈津紀は一つの結論を出す。

 自分の容姿が変わったことによって、それが自然であるために他者の自分に関する感情も正反対に変わった。

 彼等は「今の奈津紀の存在」と「姿が変わる前の奈津紀の存在」、それらの記憶に違いが生じていることが分かっていない。

 しかし、奈津紀の中では違いがはっきりとわかっている。

 彼等が「姿が変わる前の奈津紀」に対して行なっていた行為。

 それを奈津紀自身が覚えているがゆえに苛立ちを生み出してしまっているのだと思った。

 最初の頃はその違いを思い浮かべては「馬鹿な連中」と上から目線で居た奈津紀。

 しかし、今では「どうせ、お前等は私の中身などは見ていない、見ているのは外見だけなんだ」そう思ってしまう。

 その苛立ちを抱えたまま生活し続けた奈津紀はある日、中身など見られていないなら、この外見で連中を利用してやろうと思い立った。

(そうよ、決して中身を見られることがないならば、中身も美しくある必要はない。利用できるものは利用すればいいのよ)

 そして、容姿が変わってから1ヶ月。

 人は変われば変わるものだと奈津紀は自分自身に驚く。

 そう、奈津紀はいわゆる「悪女」となっていた。思わせぶりな態度をとれば誰だって奈津紀の魅力に揺れ動く。

 頬を染めた笑顔で欲しいものは殆ど手に入った。

 以前の奈津紀であれば、そのようにして欲するものを手に入れ続ければ何処かで罪悪感が生まれていただろう。

 しかし今の奈津紀は、自分の内面など見ない連中に何の気を咎める必要があるのだろうと思っていた。

 そうして、自らの容姿を最大限に利用する。

「自分の考えは間違ってなど居ない」

「自分だけがやっているわけじゃない」

「騙される方が悪いのであって自分が悪いわけじゃない」

「そう、自分は欲しい等と一言も言ってない、勝手に連中がささげてくれるだけ」

 奈津紀は自らの容姿を武器にして、欲しいものは全て手に入れるのだ、と今まででは考えられない自らにとって至福の時を過ごしていた。

 欲しいものは手に入りながらも、決して自分の身を汚すような行為はしない。

 男をその気にさせておきながら、決して最後の褒美は与えない。

 交わす言葉にも、躱す態度にも磨きがかかり、それはひどく自然に行われていた。

 人との出会いを途切れさせないために勤めは続けていたものの、その住まいはただの事務員とは思えぬほど贅沢。

「本当に、馬鹿な連中のおかげで私は今、とっても幸せだわ」

 以前のボロアパートで暮らしていた頃とは別世界の幸せの中、唯一奈津紀の顔を曇らせていたことがあった。

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