19話

「このアパートも今の私には似合わないわ。これじゃ誰も呼べないもの。引越しを考えないとね。それに全身が映る鏡が欲しいわ」

 古臭い布団を畳の上に敷き、今までの自分の生活全てが嫌だと思いながら体を横たえた奈津紀。

 仰向けの瞳の端に赤く点滅する光が見えた。

 一体何かと起き上がってみれば今まで一度も点滅などしたことのない留守番電話の光。

「あら、容姿が変われば電話の機能も使えるようになるのね」

 今まで使ったことなどなかった機能を使うことになり、少しの嘲笑を浮かべてボタンを押して録音を再生する。

 4件あるうちの1件目と2件目はあの課長からだった。ずっと待っている、いつ来られるのかと言う確認と今日は諦めたと言う伝言。

「私を散々馬鹿にしておいて私が誘いに乗るとでも思っているのかしら。男って本当に馬鹿ね」

 3件目は先ほどまで一緒だった男。付き合ってくれて楽しかった、今度は自分の部屋でという感想と誘い。

「1度成功したらもう自分の物になったと思っているのね、男って単純ね。もし部屋に行ったりすれば私は襲われちゃうでしょうね。分かっているから絶対に行ってなんてあげない。男は欲望を隠すのが下手ね」

 そして4件目、「あの、いや、ごめん」そういったまま沈黙が続き、暫くして電話は切れてしまう。

 他の二人のように名乗って自分の存在を示すこともなく、用件すら分からないまま切れてしまった電話だったが、奈津紀はその声にどこか聞き覚えがあるようでもう一度メッセージを聞きなおした。

 本当に小さく呟くように言う声に確かに聞き覚えはあるものの、何度聞いても奈津紀はその声の主を思い出せず首をかしげる。

 ただ聞き覚えがあると言うだけなら、内容も言わない妙な留守番電話など間違いだと放っておけたのだが、何故かこの声は奈津紀の頭の中引っかかって振り払えない。

「あの、いや、ごめん」

 歯切れの悪い謝罪の言葉のメッセージ。

 この声がとても気になり、奈津紀は他の3件は躊躇なくすぐに消去したが、このメッセージだけは消すことが出来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る