17話
男は言葉をかけてこない奈津紀の肩に手を置き、自分のほうを見るように促してからもう一度聞く。
「まだ、仕事中なの?」
明らかに自分に対してだとわかった奈津紀は、首を横に振って少し微笑んだ。
「洋服を汚してしまって。仕方ないから制服で帰ろうかと」
奈津紀の微笑みに、男は顔を少し赤らめた。
「食事に、誘いたかったんだけど」
奈津紀は内心ひどく驚く。食事に誘われるほどに仲が良いということなのだろうか。男性と付き合いをしたことなど皆無の奈津紀は、とにかく驚きと戸惑いの中にいたが、それを悟られないように微笑みを絶やさず少し首をかしげた。
「そうなの? ごめんなさい、流石に制服では無理だわ」
「あ、それじゃ、ついでに洋服も買えば良いよ」
「貴方が私に?」
「駄目かな。洋服も好きなのを買えばいいし、食事だって、そろそろ、君を誘っても良いだろう?」
(そろそろ、と言う事は私はこの人をかなり前から知っているのね。そして、私は恐らく、この男を焦らしているんだわ)
どうしようかと奈津紀は迷う。
断るべきなのか受け入れるべきなのか。
姿が変わって一日もたっていないここは断るのが無難だろうと様子を伺いながら男から少しはなれて微笑む。
「ごめんなさい、やっぱりこんな格好の女を連れて歩いちゃ貴方の迷惑になるだろうから止めておくわ」
「君はまた。洋服が汚れたなんて嘘なんだろう。俺の誘いを断るためにそんな事しているってお見通しだよ」
奈津紀は男の一言にただ驚いた。
そしてこれは一体どういう仕組みになっているのだろうと考え込む。
全ての事柄が、何もかもが奈津紀の都合の良いように動いている様な気がしたからだった。
ただ、容姿が変わったそれだけなのに、男は勝手に勘違いして勝手に自分の都合のいいように解釈していく。
昔の奈津紀であればそのような状況は疑う対象であっただろう、しかし、今の奈津紀にはそれがとても心地よかった。
男は掴んでいる奈津紀の肩を引き寄せて、倒れこんだ奈津紀を抱きしめるようにして囁く。
「どんなに断っても今日こそは連れて行くよ。まず先に洋服を買って着替えてしまえば君が断る理由はなくなるだろ」
男の態度に奈津紀は、自分が自分ではないように妖艶に、そしてどうすれば男が喜ぶかが本能的に分かっているように少し上目使いで男を見つめた。
「強引なのね」
「君がそうさせるんだろう」
奈津紀の体の曲線を確かめるように男の手は動き、奈津紀は少し男に身を任せて、男に誘われるまま外に停めてあった男の車に乗り込んだ。
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