16話
それから終業時間まで、奈津紀はいつも通りの時間いつも通りの仕事をこなし、夕方を迎える。
しかし、いつも通りの作業だったはずなのに、とても楽だった様な気がしていた。
なぜなら、少し重いものを持とうとすれば、誰かしらがサポートしてくれ、他の仕事をしていても何かしらの手伝いが入ったのだ。
今までそんな事は一度も無い。
それどころかお前がやることだろうとそっぽを向かれるのがおちだった。
(凄いわ、中身が変わったわけじゃないのに)
奈津紀の中に溢れるのは優越感、こんな気持ちは生まれて初めてのこと。
綺麗になりたいと願っていたが、自らの努力にも限界があり、整形などもお金がない自分には無理。一生自分は惨めなまま生きていくのだと諦めていた。
しかし今、誰もが振り返り、男女関係なく見惚れる極上の体、容姿を奈津紀は手に入れる。
それによって生じる素晴らしい出来事の数々に奈津紀は何度となく、やはり人間は見た目が重要なのだと噛み締めていた。
仕事を終えて更衣室に向かった奈津紀はロッカーを開けてはっとする。
変わったのは容姿だけであり、それによっていくら人間の態度が変わろうとも自分が持っていた洋服や道具まで変わるわけではない。
ロッカーにあったのは以前の自分にはお似合いの、しかし、今の自分には似合わないみすぼらしい服。
サイズも全く違うそれは、以前の自分を思い出させた。
「人の態度なんかは変わるけど、持ち物までは変わらないのね」
ため息をつき、荷物が今までと同じなままであるなら、家にある服なんかもそのまま。
「大変だわ。こんなもの着てなんていられない」
奈津紀はロッカーの中にある以前のみすぼらしい持ち物を適当な紙袋に詰め込んで、着替えること無く制服のまま更衣室を出る。
急げば駅前の店なら洋服を買えるかもしれないと走って社員の下駄箱まで来ると、壁にもたれ掛っていた男が手を上げて奈津紀を笑顔で出迎えた。
「遅かったね、あれ、制服ってことはまだ仕事があるの?」
そう、にこやかに声をかけてくる男の顔を良く見た奈津紀は、どこか見覚えがあると記憶をたどる。
(確か社報に載っていた、社長の息子だわ。私を待っていたの、どうして?)
考え込みながらも奈津紀は自分の下駄箱に手を伸ばし、靴を履き替えた。
自分を待っていたのかどうかも分からないのに、下手な返事は出来ないと思ったからだ。
持ち物や景色、自分の周りはほとんど変わらないとはいえ、容姿が変わったことで人の心が変化している。
実際、以前の奈津紀をこのように待つ人は性別など関係なく居なかった。
自分を待つ人の気持ちなど皆目見当がつかない。
ましてそれが、自分が会ったこともない社報で写真を見ただけの社長の息子となればなおさら。奈津紀は淡々と行動を起こしつつ、相手の出方をうかがっていた。
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