13話
「さて、ここからが本題。君はどの自分を選ぶ?」
「選ぶ、私がこの中の誰かを選んだらどうなるの?」
「君がこの容姿を手に入れ、君はこの容姿で再び自分の人生を歩み始める。早い話、君が選んだ人物になるってこと」
「このうちの誰かに私がなる」
「そういうこと。ただし、君は容姿が嫌だと言ったから変われるのは容姿だけでその中身までは変わらないよ」
青年が念を押すように言った「容姿だけ」という言葉に、奈津紀は心臓を一瞬跳ね上がらせ小さく深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
選んだ人物になれると言われて奈津紀は思わず(それじゃ、私は全てを手に入れることが出来るかもしれない)と思ってしまった。
しかしそれを見透かしたように青年は奈津紀に念を押し、奈津紀は欲深く思ってしまった自分の考えを感づかれてしまったと焦ったのだ。
数度の深呼吸で自分自身を落ち着かせた奈津紀は、目前の鏡の中に立つ自分を見つめる。
(たとえ中身が私であったとしても、容姿が変われるだけでも素晴らしいことだわ)
「どうするの、誰かと変わる? それとも今のままが良い?」
「いいえ、今のままはイヤ。私は、彼女を選ぶわ」
奈津紀が指差したのは、自信に満ち溢れ決して俯く事は無いだろう容姿を兼ね備えた、今の自分とは全ての要素が正反対で美しく出来上がっている3番目の自分だった。
「いいね、良い選択だと思うよ」
青年は微笑み、奈津紀に最後の自分が映る鏡の前に来るように促す。
迷うことなく真っ直ぐ歩いてきた奈津紀の顔を青年は覗き込んだ。
「もう一度よく見なくていい? 本当にこの子でいいかどうか考えて」
「何度見ても、近くで見ても考えは変わらないわ。私はこの顔とさよならしたいの。他の子達は化粧を落とせばこの顔が出てくるんでしょ? そんなの嫌よ」
「じゃぁ、鏡の前に立って、彼女に向かって両手を伸ばしてくれるかな」
青年に言われるまま奈津紀は両腕をゆっくり肩の高さに上げる。
すると、鏡の中の美しい自分も同じように手を上げて2人は手を合わせた。
薄い何かの膜の向こうに感じるもう一人の自分の存在、自分は本当に変われるんだろうかと半信半疑でありながらも、この嫌な容姿とさよならできるのだと言う嬉しさで胸をときめかせ、奈津紀は瞳を閉じる。
ゆっくりと、何かが押し入ってきて、それが浸透するほどに、今までの自分が押し出されていくような感覚が広がった。
くすぐったいような、じれじれした感覚がなくなると、突然足元から吹き上げるような風が自分を包み込んで、体が浮いているような感覚に陥った。
「何?! 」
あまりに突然のことに奈津紀が叫ぶ。
「君の世界に戻してあげているだけだよ。次に瞳を開けたとき、君は生まれ変わっている」
耳元であの青年の声が脳の奥に染み込むように聞こえた。
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