12話

(私がなりたい私。それって何かしら)

 じっと自分の手を見つめながら静かな空間で黙り込んで考える。

 今まで沢山希望はあったはずなのに、諦めてしまったせいか望んでいいと言われると思い浮かんでこない。

「何も、思い浮かばないわ」

 暗く沈んだように言う奈津紀に青年はますます瞳を輝かせたが、俯く奈津紀がそれに気付くことはなかった。

「そう、思い浮かばないなら仕方ないね。じゃぁ。質問を変えよう。君はどんな自分を捨ててしまいたい? どんな自分が嫌いだと思っているの?」

 嫌いな自分と問われた奈津紀の頭の中には一気にその質問の答えが、それこそ答えきれないほど浮かび、奈津紀は思わず自分自身に嘲笑する。

 どうなりたいと聞かれて何も思い浮かばなかったこの頭は、何が嫌かときかれて沢山の答えを用意した。それが滑稽で仕方なかったのだ。

「それはありすぎて言い切れないわ」

「そう! じゃぁ、ありすぎる中で、どうしても譲れない嫌なものって何?」

「そうね。やっぱりこの容姿が嫌だと言うことかしら」

 奈津紀の言葉に「いいね、上々」と青年はにこやかに微笑む。

 何が上々で、何がおかしいのかと奈津紀は訝しげに青年を見つめた。

 そんな視線を気にすること無く、青年はすぐ近くの床を指差してそのまま引き上げれば、指の動きに合わせて床から一枚の姿見が引っ張り出される。

 高さは奈津紀の身長と変わらないが、横幅は奈津紀が3人は映るんじゃないかと言うほど広かった。

 しかし、その姿見には誰の姿も映っておらず、映し出されているのは奈津紀の後ろにある景色だけ。

 首をかしげて青年を見れば青年はお得意の指を鳴らした。そのとたん、何も映っていなかった姿見に3人の女性の姿が映し出される。

「さて、この3人は君。望むものが思いつかないっていうから、今回は君の嫌な部分を段階的に取り除いた3人を映してみたよ」

 段階的に、青年は確かにそういったが、鏡の中に居る奈津紀は皆美しく、微笑んでたたずむ姿はとても自分だとは思えない。

 唖然としている奈津紀を横目に青年は、右端の奈津紀から紹介し始めた。

「まずはじめのこの子は巧みに化粧をすると言う事を覚え、顔を自身の力で整えた君」

「化粧って嘘でしょ。化粧だけでこんなになるはずがない。私だって化粧の努力ぐらい」

「本当に化けられるほどに努力をした? 化粧って言うのはね化けて粧う事。この君は文字通り化けたんだよ。ただし、この君の美しさは化粧をしている間だけのこと。化粧を落とせば君自身と同じになる」

 注釈を述べるように、最後に一言付け加えた青年は中央の奈津紀の前に移動する。

「この子は顔は先ほどと同じ化粧をしているけれど、さらに体型まで変化させた君。変化と言っても人工的な要素は一つもないよ。今の君が努力してもこうはならないけど、この子と君の分岐点はずいぶん昔でね、成長期に君自身が自らの理想を定めて食事に気をつけ運動し、自らの力で努力した結果。スタイルはこのままだけど当然化粧を落とせば、分かるよね?」

 微笑みながら言う青年は、奈津紀が何かを聞こうとする前に最後の奈津紀の前に立った。

「そしてこの子は、『二番目の子よりも』と言うより、君の一番初めの選択肢のときに遡る。『こうなるはず』だった時間軸での君。これは化粧などで装っているわけじゃない、勿論人工的な何かが加えられたわけでもない。今の君では無い君ということ」

 最後の自分は透き通った肌に美しい瞳と髪の毛、細くスマートなのにもかかわらず、胸もあり腰は細くヒップは程よく盛り上がって柔らかそう。

 今の自分とは一つ一つがまるで正反対で、薄化粧で微笑み立つその姿は自分であるはずの奈津紀でさえぼんやりと見とれてしまうほどだった。

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