11話

「嘘よ、あれは私じゃない。顔も姿も全然違うわ」

「当たり前だろ。彼女は君であるけれど、君じゃない。あの時点で、君であった彼女は君の中から居なくなっている。君にもあのようになる可能性があったと言うことなんだよ。スタイルや姿が違うのは彼女自身が努力したからだ。まぁ、人工的な努力っていう可能性もあるけどね。ここに居るのはある時点で『そうだった君』と『そうなったかもしれない君』の両方。ね、楽しいでしょ?」

 微笑を浮かべる青年の言葉に、奈津紀は自分の周りに座り口々に好きなことを言っている自分を眺める。

 今の自分とそっくりな者も居るが、似ても似つかない者もいる。

 そしてその似ても似つかない者たちもそれぞれ似ては居ない。

「今の君と彼女は全く同じと言うわけでは無い、当然彼女達同士も。彼女は別の時間と別の空間の人間だ。あの時間で分かれた2人はその後、歩んだ道も違えば、出会う人々も違う、思考も趣味も全てが異なる」

 青年が説明を繰り返したが、辺りの自分を良く見つめた奈津紀には青年の言葉を全て聴かずともそれが理解できた。

 同じように見える自分でさえもその瞳の輝きは違い、表情すら違って見え、全ての自分が自分ではないことは良くわかったからだ。

 先ほどのスーツ姿の自分は他の自分と喋りながらもたおやかに上品に笑う。

 とても自信に溢れていて美しい。

 その姿が瞳に映れば映るほど、奈津紀は耐えられなくなって真っ白な床を見つめた。

「……一体、貴方は何がしたいの」

 呟いた奈津紀に青年は少しあごを上げて鼻息だけで笑い、再び指を鳴らす。

 すると、奈津紀を苦しめるように存在した彼女たちは全て消えてなくなり、真っ白な空間には青年と奈津紀2人だけになってしまった。

「わざわざ呼んだと言っていたのに、今度は全員消して。本当に一体なんなの」

 青年の意図が全く分からない奈津紀は怪訝に青年を見つめて苛立ちの中で聞くが、逆に青年は奈津紀を横目で見下ろして質問を投げかける。

「君は今の自分をどう思っている?」

 青年の唐突な質問に、奈津紀は答えることは出来ず首をかしげた。

「答えられないの? 自分のことなのに」

「私は、馬鹿でドジで、可愛くも無いわね。そう、最悪よ。私は私が嫌いだわ」

「嫌い、ね。うん、良いんじゃない」

 奈津紀の言葉に青年は小さく何度も頷いてそう言う。

 良いと言いった顔には妙な笑みが浮かんでいて、奈津紀はとても回りくどくはっきりしたことをしない青年に苛立ち始めた。

 しかし青年は奈津紀が苛立ち睨み付けるほどに楽しそうに笑顔になる。

(何がそんなに楽しいの。私は全然楽しくないわ)

「じゃぁ、そんな嫌いな自分はこの場所に置き去りにして、新しい理想の、自分自身を嫌いになんてならない、そんな自分と交換しちゃわない?」

「なんですって?」

 青年の提案は、居心地が悪いと機嫌を損ねはじめていた奈津紀を呆けさせた。

「交換って、何を言っているの?」

「じゃ、もう1つ質問。君が自分自身を嫌いにならない、君が望む君ってどんな人なの?」

「私が望む私?」

「そう、今の自分が嫌いだって言うならあるはずでしょ、望んでいる自分像が」

 青年にそういわれて確かにないとは言えないと思ったが、奈津紀はすぐにこれだと言う自分像を言い出せずに居た。

 なぜなら、自分はずっとこのように醜く不細工で、皆にののしられながら生きていくのだと思っていて、まさか自分がなりたい自分を望んで良い状況がくるとは思ってなかったからだ。

 何より、望んだところで叶わない望みなら思わないほうがいいとも思っていた。

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