6話
「ただでさえ不細工で、その上そうしておろおろと。おろおろして困ったようにしていれば可愛いと思ってくれるとでも? そんなわけないに決まっているだろ! それどころかこちらの気分まで悪くなる。お前は自分の顔を毎日ちゃんと鏡で見たことがあるのか?」
入社したてといえば、何をすればいいのか分からないこともある。
当然奈津紀だけではなくどの女の子もはじめての事でうろたえていた。
なのに、課長は誰でもない奈津紀を名指しして眉間に皺をよせ、汚物を見るような視線でそう言った。
さらに課長の言葉に笑いが起こった。
冗談に対しての冗談を笑う笑いではなく、本気の言葉に対して同意をするようなささやかな笑い。
集団で奈津紀を馬鹿にする笑いはその瞬間、奈津紀が皆のスケープゴートになったことを示していた。
思い出された記憶は、奈津紀の男性に対する緊張を一気に冷えさせ呟く。
「この顔で生まれてきたのだもの、仕方ないじゃない……」
鏡から目をそらし、羽交い絞めにしている青年から抵抗することもしなくなった奈津紀の呟きに青年は耳元で小さく息を吐き出して微笑んだ。
その微笑の息遣いは奈津紀の悲しみを寄りいっそう濃いものにして、唇を噛み締めた奈津紀がさらに言葉を吐き出す。
「……貴方も笑うのね」
「そりゃ、俺にも感情はあるからね。喜怒哀楽、笑うこともあるよ」
「そうね、貴方も私を笑う。どうせ私は不細工で可愛くなどないのだもの」
奈津紀がだらりと手を下ろし、体の力を全て抜いて今にも消えそうな声でそう言うと、青年は更に奈津紀を引き寄せるようにし、奈津紀の頬に唇をつけて囁く。
「『どうせ』ってどういう意味?」
肩をしっかり抱きかかえられ、振り向くことを許されない奈津紀は瞳の端にわずかに映りこむ青年の姿を確認しながら一体何を言い出したのかと見つめた。
「『運命』だと諦めるの? 自分はこうなる定めだったと、初めからそう決められていたのだと。君の『どうせ』というのはそういう意味?」
「違うとでも言うの? 子供は親を選べないし、私だってこの姿で生まれてきたいと願って生まれてきたわけじゃないわ」
「君は自分を卑下しすぎだ」
青年は微笑を浮かべながらそう言って、奈津紀を自分の拘束から開放し、さらに呆然としている奈津紀の目の前に回りこんでその顔を両手で包み込む。
「君は一日に何度鏡を見る?」
いきなりなんなのだろうかと、唐突な質問に奈津紀は首をかしげた。
「何回?」
そのまま奈津紀が黙っていれば、青年は少し強い口調でさらに聞く。
「朝、身支度する時だけ。一日といわれるとその1回ぐらいかしら」
奈津紀はその強い口調に反射的に答えた。
碧眼の青年の瞳は射るように奈津紀を見つめ、奈津紀は逃れようと視線を動かす。
だが青年は包み込んだ手で奈津紀の頭を動かして、奈津紀の視線の先に自分の顔が来るようにしたのち微笑んで言った。
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