4話

(嫌だわ。なんて綺麗な顔なのかしら)

 奈津紀は眉間に皺を寄せ、青年の横顔を見つめながら思う。

 男性にむかって綺麗などと言う言葉は使わないかもしれないし、もしかすると失礼かもしれないが、今自分の目の前にいる青年にはそういう形容詞が一番似合っていた。

 自分の周りには決していない、そして自分に決して声をかけてくれることはない美しき青年。

 奈津紀は下を向き、青年を横目でちらりちらりと覗き見る。

「何かテーブルの上に面白いものでもある? 俺には何もないように見えるけど」

「え?」

「だってずっと俯いたままだから。そう、この店に入ってきてからずっと」

「ご、ごめんなさい」

「別に謝る事ようなことじゃないでしょ。君は俺に何もしてないんだもん」

「そ、そうね。ごめんなさい」

「面白い人だな、謝ることじゃないって言ったことにまで謝るなんて。君はあと何回ごめんなさいっていうんだろうね」

 青年は笑みをたたえたままそういい、奈津紀の横にある椅子に腰を下ろす。

 奈津紀は突然のことに再び俯いて自分の右側に感じる青年の息遣いと白檀の良い香りに妙な緊張をしていた。

 俯いたまま横に視線を向ければ長い青年の組まれた足が見える。組んだ青年の右足先は今にも自分の足に絡んできそうなほどに近く、当然青年の左足も奈津紀の足に気配を感じさせるほどに近い。

 己の半身で嫌というほど感じる青年の存在に奈津紀の心臓は徐々に早く鼓動を打ち始めた。

 今までの人生で男性が自分の隣に、これほど近く居ることは当然初めてであり、男性が寄ってこない自分の容姿を分かっている奈津紀は自分から男性に寄ることもない。

 こんな容姿の自分が寄ればどんな男性だろうとあまり良い思いはせず遠ざかっていく。しかし、青年は気にすることなく、今にも肌と肌が触れ合ってしまいそうなほど近くにやってきた。

 奈津紀は戸惑う。

 こういう場合、なれた女子ならきっと会話したり手を触ってみたりするのだろう。実際、引き立て役にと呼ばれた合コンでその気もないのに女子達はボディタッチをして男の気を引いていた。

 手が足に触れた、手を握った、それだけで男たちの勘違いスイッチを彼女たちは押していくのだ。だが、それは容姿が伴った女子だけが使える手段。

 奈津紀は自分がやった所で気持ち悪がられるとわかっていたから実行したことはない。

 何より男という性を持った者たちは皆、奈津紀をグズでブスといって相手にしなかった。

(そうよ、私はグズでブス、言われなくても自分でそれくらい承知しているわ。どんなに化けようとしても化粧ごときで私は美しくなれなかった、たとえ容姿がこんなでも、男性と楽しい会話が出来ればよかったんでしょうけど私には無理。胸は大きいけどそこ以外も大きくてプロポーションが良いわけじゃない。学生時代のあだ名はいつだって「ブタ」だった)

 いつの頃からか、奈津紀は男性の中で緊張したとき自分で自分を嘲ることで冷静さを取り戻そうとしていた。

 今も気持ちを落ち着かせようと自らを嘲ったが、あまりにも近い距離で青年の存在を感じているからか、鼓動は早くなるばかりで一向に落ち着きを見せない。

 どうすればこの妙な緊張感から逃れることが出来るのだろうと考えれば考えるほど、隣の気配を感じ取ってしまって顔が熱くなってくる。

 勘違いしている馬鹿な女だと思われたくないと奈津紀は恥ずかしさの中、俯いて何も言い出せずに居た。

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