3話

 藤島奈津紀は石畳の上に長い影を作りながら自分には全く見覚えのない街を見渡す。

 瞳を閉じた一瞬の間に見知らぬ土地に来てしまったと少々パニックにもなっていた。

「どうしよう、どうしたらいいの。そうだ、誰かに聞けば」

 後ろを振り返り、さらに前、左右と眺めてみるが人影は全くなく、道の端は濃い霧に囲まれている。

 あるのは石畳の上に落ちている黒く長い自分の影のみ。その影を眺めながら奈津紀は首をかしげた。

「そういえばおかしいわ、さっきまで青空の昼間だったのに、いつのまに夕日になったのかしら」

 眉間に皺を寄せて少し警戒しながら奈津紀は辺りをよく観察し始めた。

 立ち並ぶ家には一軒一軒に何かしらの看板が取り付けられている。

 店らしき建物の中を窓から覗き込んでみるが、どの店にも人の気配はなく静まり返っていた。

「廃墟、なのかしら。それにしては傷んでいる様子はないし。本当に何なのかしら」

 店の中に入ろうと一軒のドアノブに手を伸ばし開けようとしてみたが、ドアは押しても引いても何をしても開かない。

 他の店のドアも開くことなく、たたいて大きな声ですみませんと声もかけてみたが町全体が静まり返って、聞こえてくるのは反響した自分の声だけだった。

「誰もいないのかしら。だとしたら、私どうすればいいの」

 成すすべなく、大きな溜息をついてどうしたものかと思っていた奈津紀の視界の端にぼんやりと、まるで道しるべのように光を放つショーウィンドウが映り込む。

「よかった、あの店は人がいるんだわ」

 小走りにその店の前に行った奈津紀は、少し不安を感じながらも店の前に立った。

 他の店とは違い、比較的新しいつくりに見えるこの店のドアは自動で、ドアの前に立てば勝手に開く。

 中は少し薄暗く入りやすい雰囲気ではない。少々躊躇しながら奈津紀は体を半分ドアの中に入れた。

 ドアのチャイムが来客を知らせていたが誰も出てくる気配はない。

「すみません、誰かいらっしゃいますか?」

 戸惑いながら聞く奈津紀の呼びかけに店の奥から「当たり前でしょ」と若い男性の声が聞こえ、その声が少々不機嫌そうであったため奈津紀は思わず「ごめんなさい」と謝ってしまった。

「別に君が謝る事じゃないけどね」

 暗い店内からゆっくりと現れた声の主は褐色の肌に、輝くように滑らかな銀色の髪をしていて、とても美しい青年。その美しい姿に奈津紀は視線を下に落とし青年に聞く。

「あの、私迷ってしまったみたいで。帰りたいんですけど道を教えていただけませんか?」

「そう、それは大変だったね。とりあえず、中に入って落ち着いたらどう?」

「いえ、道さえ教えていただければすぐにおいとましますから」

「俺の相手をするくらいの時間はあるでしょ。っていうか、相手してくれなきゃ教えてあげない」

「そんな……」

 奈津紀の反応を楽しむようにからかう口調で言ってくる青年に、奈津紀は視線を決して上げることなく、どうしたものかとその場で黙り込んでしまった。

 青年はそんな奈津紀の態度に口の端に笑みを浮かべて小さく言う。

「仕方ないなぁ、まだ気付かない? 君は迷ったんじゃないんだよ。君はこの街に選ばれ来るべくしてやってきた。目的はこの場所で、ここは俺の店」

 青年の言葉に驚いて顔を上げた奈津紀の目に、にこやかに笑う青年の微笑が焼きついて、奈津紀は手を引かれるまま店内の椅子に腰を下ろした。

 細い指に滑らかな素肌の美しい手、奈津紀は思わず自分の女らしさのかけらもない手を引っ込めようとしたが青年の手はそれを許さない。

「あ、あの、私」

 しどろもどろに青年から逃れようとするが、青年は優しい笑みを浮かべながらも奈津紀を放そうとはしなかった。

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