藤島 奈津紀の場合
1話
昼と夜の狭間。
誰もがこの瞬間に何度も立ち会いながらも、選ばれた人間しか見ることの出来ないこの場所でのその風景。
その街の一角で扉や窓を開けることなく店に現れた青年は小さく息を吐きながら自らの店の椅子に腰掛けた。
「ふぅ、面白かった。石屋の婆さんをからかうのは誰をからかうより面白いんだよ。なんといってもあの人はこの町で一番俺を嫌っているからね。そのくせあの婆さんは鏡を手放したりはしないのだ」
店の中で無数に映し出される自分を見つめながら青年は何度も堪え笑いをする。
「誰しもが持っているものだろうけど、毛嫌いをしておいて持っているなんて、あの婆さん特別だな。自分が美しいのが好きなんだ。楽しいね、本当に面白い」
無数の青年が同じように大笑いをしている。
すると店の前に人影が現れ、客の来訪に青年は少々面倒くさそうにため息。
働くことはあまり好きではない青年にとっては客が来ることは面倒極まりないこと。
しかし、この街には休みや営業時間なんてものは存在しない。客が来れば必ず商売が始まる。
それはこの街の決め事であり、どの店の店主も必ず守らなければならないことだった。そして客を与えても与えられてもいけない事になっている。
それがこの十字街にいるための最低限のルール。それを破れば店主は十字街からは追放され、自身の存在が無に帰してしまう。
「この街は面白い、だから出来るだけ俺はここに居たい。面倒だけど働くしか無いんだよね」
店の中に入ってきた客はろくな説明もなくただ「面倒だ」と繰り返す態度の大きな店員に少々気分を害していた。
「店員の態度じゃないって? それは君が見た俺の印象だろ。店員たる態度が何であるのか、それは君の決める事じゃない」
眉間に皺を寄せ、さらに気分を害したことを表情で見せ付ける客に青年は嬉しそうに微笑む。
「いいね、好きだよ、その顔。俺は人の見た目が大好きなんだ。その人の容姿、人が見せる表情が大好きなんだよ。中身なんてものは俺にしてみればおまけみたいなものでさほど重要なことじゃない。さて、そろそろ仕事もしないとね。いらっしゃい、ここは鏡屋。あんたはどんな自分を鏡に映したいんだい?」
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