19話
扉に背中を向けたまま鳴り響いたドアベルに向かって女店主は「おや、いらっしゃい」と言う。
入ってきた人影はしどろもどろで一体どうしたらいいのかと店の中を見回していた。
女店主は一瞬の間をおいて自分の理想の異性の姿に変わる。
「そんなに心配そうな顔をしなくても、なにもとって食おうというわけじゃないわよ。ここは店」
誘われるままに人影は女の案内した椅子に腰掛ける。
すると目の前のテーブルには美しく光を放つ四つの石がおいてあった。
「これ以上ないほどに美しいでしょ。これは最近入荷した私の宝物」
あまりの美しさにその石に手を伸ばした人影の手の甲を、女店主ははたき鋭い視線を浴びせた。
「いけない人ね、人のものを了解もなく触ろうだなんて。言ったでしょ、私の宝物だって、これは売り物じゃないのよ。本当はこの美しい石が五つ手に入るはずだったのだけど」
女店主は四つの石の光を楽しむように赤い口紅の塗られた薄い唇の端をゆっくりと上げ、うっとりとした表情を見せる。
「ちょっとおまけをしちゃってね。本当に特別なことよ、めったにそんなことしないんだけど。一つだけ、返してあげたのよ、仏心が出ちゃったのね。あまりにも楽しくて可哀相な人だったから」
何の話かさっぱり分からない人影は首をかしげて何を返したのかと聞き返し、女店主は苦そうに笑って「決っているじゃない、石を返したのよ」と呟いた。
(そう、私に出来るのは石を返すことのみ。私に生命の、命の決定権は無い。もともと彼も彼の友達も生き返る予定だったのよ、声をなくしてね。私の特別なおまけは石を一つ返した事、見返りはそれ以外の感情全てをいただくこと。本来は石となった感情、心の一部をいただくんだけれど、今回は特別。全てのそれと引き換えに、最も大切で最も重要な彼の意思、愛情を返した。まぁ、彼はそう思ってはいないみたいだけれど、それを否定し、わざわざその考えを訂正してあげる義理は私には無いわ)
酷く冷たい瞳で口の端には楽しげな笑みを浮かべた女店主は、その場にあるどの石よりも美しく輝く四つの石を持ってゆっくりと壁際に歩き、新しいガラスケースに石を並べて飾った。
妖艶な笑みを浮かべた女店主は客の目の前にある椅子に腰掛け、そっと足を組む。スカートに深めに入ったスリットからは女の白い肌が見え、客はごくりと生唾をのみこんだ。
「ようこそ、十字街の石屋へ。ここはアナタの意思を、望みを必ず叶えることのできる店。契約をするもしないもアナタの自由よ」
赤い唇から紡がれるその言葉は客の耳にまるで呪文のように流れ込んでいた。
(アナタはどんな石を私にささげてくれるのかしら?)
女の吐息と囁きに店中の石となった意思と意志が輝いて揺れていた。
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