16話
笑い声が聞こえるほどに俺の心臓の鼓動は早くなっていく。
石が砕けることによって願いを叶える、それはつまり俺自身の何かを捨てる事。
俺の手元には五つの石があった。今、その全ては砕け散っている。
俺は一体何をなくしたんや?
俺の中の何がなくなったって言うんや?
頭を抱え込み小さくうずくまる俺に女は憂いを帯びた声で言った。
「かわいそうな人、己自身を過信して、なのに人をうらやんで。結局、己で己の首を絞めたのね。でも、全ては石に願った貴方の責任だわ」
女のその一言に俺は頭を抱えたまま女を睨みつけて怒鳴る。
「俺の責任? ふざけんな、あんたが色気を振りまいて、何の説明もせずに俺を惑わせて契約させたんやないか!」
そんな俺の怒鳴り声に女は驚くことも気分を害することも無く、嘲笑を浮かべた顔でゆっくりと俺を指差し言い放った。
「何でもかんでも人のせいにして、それで己が満足ならそれでも良い。でも貴方はそれでも不満なのよね、本当にお馬鹿さんね」
「なんやて」
「例え、私が色気を振りまいていたとしても、己を持っていれば契約などしない。私は言ったはずよ、決定権は貴方にあると。契約しようとしまいとそれはあなた自身が決めること。そう、誘われて契約をしたのは貴方自身」
「それは……」
「石が願いを叶えてくれる。その事実を知って、己自身の努力を怠り、石に身を委ねようと考えたのは貴方自身」
「ち、違う」
女はゆっくりと人差し指を俺の胸に押し当てながらその距離を縮め、俺はその雰囲気と言葉に押され後ずさる。
「己の非を認めず、人に責任をなすりつけ、起こっている状況から逃げようとする。それも貴方自身」
「やめろ……」
「止めろ? また逃げるのね。分っているから逃げるんでしょう? 貴方の考えと心があって貴方自身がある。全ての行動は己の責任、そして己で償わなければならないのよ」
女の一つ一つ、何一つ間違いの無い的確な指摘に俺の頭の中はかき乱されて、耳を塞いで俺は大きな声で叫んでいた。
自分の中にあった自分というものの全てがひび割れ崩れ落ちていくようで。だが俺の叫び声とその姿を見て、女は愉快だといわんばかりに大笑した。
「あらあら、坊や、どうしたの? 本当のことを指摘されるのが嫌? 安心して、人間誰しもがそうよ」
「お前は、最低な女や」
「あら、ありがとう。私にとってそれは褒め言葉よ」
勝手にあふれ出る涙が伝う俺の頬に女は唇を落として礼を述べ、俺の瞳はゆがみ眉間の皺がよりいっそう濃くなる。
「人って大変ね。他人の言葉に左右され、そして、自分の首を絞める。言葉なんて受け取り方次第だし、何よりも人は全てをそのまま素直に語ることは稀なのに、その一言に右往左往して。滑稽だわ」
先ほどまで楽しくて仕方が無いと笑みを絶やさなかった女やったが、滑稽だといった女の顔は一瞬曇って悲しげに見えた。
俺にはこの女が分らなかった、女の言葉の意味も。
苦々しい顔をした俺を見つめた女は一息ついて俺から離れ、横目で眺めながら言う。
「仕方ないわね。特別におまけしてあげるわ。ただし、見返りは貰うわよ」
「おまけって何をする気や」
「それは、後で分るわ」
「見返りは一体何や。これ以上俺から何を取るつもりやねん」
「それも、後で分るわ」
女は白い手を俺の方へ伸ばし、人差し指と中指をそろえて俺の額に突き立てて口の端をあげ微笑んだ。
「本当に特別よ、感謝しなさいね」
そういった女の指に押されれば、体全体が浮き上がり俺は背中に見える光の中へ押し出されて行った。
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