15話。

「心のどこかで願ったときに一緒に思っていたはずよ、非の無い自分を非難する彼等の視線や言葉から逃げたいと。きちんと伝えたい事を細かく指示せずにぼかすからこうなるのよ。言葉とはそういうもの。人間同士であるなら、人と言うのは頭が良いからちょっとした言葉でもその人の雰囲気などで読み取ってしまうし、読み取ろうとする。意識して行っているわけではないけれどニュアンスを受け取り受け渡そうとするのね。でも、石は違うわ。言葉の通りに願いを叶える。貴方の思いを素直にそのまま受け取ってね」

 女は俺の額に右手の人差し指を押し付けるようにして不気味な笑顔を浮かべた。

「私の店での契約、それは貴方の願いを叶える石を渡す事。でもね、何の見返りもなくそんな事をしてくれる良い人なんてあの十字街には居ないわ」

「み、見返り?」

「店舗で商品を受け取ったなら代金を渡すでしょ? それと同じよ。私が貴方から受け取りたい代金は石となった貴方の一部を頂く事」

 額を押され、顔を無理やり上げさせられた俺の目の前に、女は左手を開いて美しく光を放って輝く石を見せつける。それは、俺の願いを叶える時に砕け散ったその石達だった。

「それは確か砕けたはずや」

「そうよ、この子達は貴方が自身の心から私との契約で出した石。そして、貴方の願いを叶えて飛び散った石」

「心から出した?」

「あら、気付かなかった? そうね、気付かない人だから私の店に来られたんだもの。気付くわけが無いわね」

 女は口の端を引き上げて微笑み、俺の睨みつける視線から伏せ目がちに視線を流して、低く唸るような声で言う。

 気付かないと連呼されて俺の気持ちが収まるわけがあらへん。何より気付く気付かないの前に何の説明もしなかったのはこの女や。

「何一つ説明をしなかったくせに『気付かなかった? 』ですますつもりか。商売やったら説明するんが義務やないか」

「いやね、ちゃんと重要な事は説明してあげたでしょ。第一、説明してあげたこと以外は説明しなきゃいけないようなものではないんですもの。普通は途中で気付くわ。何より貴方は五つもあったのだから。まぁでも、貴方は説明したところで理解できなかったと思うけど」

 女の高らかに楽しげに笑う声が妙に俺の感情を逆なでて苛立たせ、女を睨む目にも力が入ってくると女がふと囁く。

「睨みつけられるのも嫌いじゃないけど、貴方の今の睨みは嫌な感じ。いいわ、特別サービスで教えてあげる」

 女の顔は微笑みをたたえたまま。けど、その視線は鋭く俺を突き刺し、その視線に思わずびくりと体を揺らした。

「貴方が私の店で選んだあの紙は色によって欲望の強さを現す」

 語りだした女の言葉に俺が反論しようと口を開くと女は俺の唇を人差し指で塞いで微笑む。

「選んでないって言いたいのでしょ? 駄目よ、頭で出した答えなんて聞きたく無いわ、頭でっかちは嫌いよ。あれは貴方の心が選んだのだもの。その証拠に私は紙に指一本だって触れていなかったでしょう?」

 確かに、女の言う通り女は紙を並べて出し「選べ」と言っただけやった。俺に対して黒い紙を選びそれを差出したりしてへん。

「貴方は一番欲望の強い色、黒を選んだ。貴方の心の中は最大限の欲望と、そして、ひねくれて、歪んだ思いが渦巻いていたのよ」

 女の言葉に俺は胸の中で苛立ちが増すのを感じた。

 何で見知らぬ女にこんなことを言われんとあかんのか。

「あら、その目は否定しているのかしら。欲深く、手に入れた五つの石を全て使っておきながら」

 女に「あれは俺の意思やない」そう言おうと息を吐き出しかけた時、女は手の平を俺の目の前に出して開いた。そこには、紫色に輝く石があり、空気に乗るように宙に浮く。

「これは貴方が最初に砕いた石。自分の力を認めさせてやると願って砕いた石よ」

 俺が石を手に入れて最初に願いが本当に叶うかどうか試した石。

 同じ石のはずやのに俺の手元にあったときとは違い、澄んだ光を反射させ美しく輝きを放っている。

「貴方はこの石に己の才能と能力を他人に認めさせてやると願った」

「それが、何や言うねん」

「石は自らの体を砕くことで願いを叶えた。でも、石が砕けたとき、貴方の本来持っている才能や能力も砕け散り、純粋な貴方の心を私は手に入れた」

「どう言うことや、石が砕けて願いを叶えるということは俺のものになったいうことやろ」

「貴方はこの石に才能をと願った。己自身でそれを見つけるのではなく、石に頼って、他のモノにその思いを成就させようとした。つまり、貴方は自身の手で自ら持っていたものを捨てたのよ。石は貴方の心だといったじゃない。つまり、そう言う事よ。本来貴方がもっているものを貴方が捨て、貴方の心が砕けるその代償に別の何かを手に入れる。それが石が願いを叶えるということ」

「そやかて、力を手に入れたのには変わりは無い」

「そうね、欲しいものは手に入った。でも手に入れたのは貴方の本当の力ではないから叶えられた後どうなるかまでは責任をもてないわ。例えばこの紫色の石にしても、今教授に認められたとしてもそれ以降の貴方が認められるかどうかは別問題。すでに貴方は本来の自分の才能を手放しているのだからどうなるかは、分かるわよね?」

「なんやねん、それ」

「望めば失われる、それはこの世界の常でしょ?」

 微笑んだ女に俺は言葉を失い目を見開いて固まった。

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