14話。

 秀雄が出した答え。

 それは現実世界での問題点を解消しさらにその世界に戻ることを願うこと。

 現実世界での問題は複数あるように見えるが、嵐の生死の問題を解決すれば後の小さな事柄は自然と解消されるはず。

 この願いで間違いないと自信満々だった秀雄は急に頭が回り始める感覚に瞼を閉じる。

 元の世界に戻る前兆なのか、暗闇の中でゆがんでいく思考に吐き気すら覚え、自分の体中から軋みが聞こえてきた。

「気持ち悪い、なんなんや」

 暗闇の中でただその感覚に悩まされて倒れこみ、そのまま秀雄は気を失った。

 瞼の向こうに明るさが見え、耳には偉く騒がしく周りを誰かが何かを叫んで走り回っている音がし、秀雄は徐々に覚醒する意識の中で自分は横たわっていることに気付いた。

(何や? 何で俺は寝てんねん)

 寝ている状況を不思議に思いながら体を起こそうとしたが、どうやってもそれが出来ず戸惑う。

 手をついて起き上がろうとしても体中に痛みが走り、腕を動かすことが出来ないのだ。

(痛い、何でこんなに体が痛いんや。全然動けへん)

 自分は元の世界に戻ってきたのではないのだろうか? そんなことを思っていた秀雄の耳にひときわ大きな声が響く。

「輸血を急いで!」

(輸血? 輸血って何の事や)

 耳元で叫ばれたその声に秀雄は瞼を開けて辺りを確認しようとしたが、瞼を開くことにすら痛みがはしった。なんとか痛みにこらえながら、本のわずかに開いた隙間から辺りを眺める。

 白い壁に明るい照明、自分の周りを走り回る白い服装の医者と看護師、瞳の端に少し映りこんだ自身の体は血だらけだった。

「な、何で、や……」

 驚きのあまりに痛みの走る口から言葉を吐き出せば、近くを通った看護師が足を止めて医師を呼ぶ。

「先生、意識が!」

「何! 君、分るか? これが見えるか?」

「指、三本」

「良かった! 絶対に助けるから気をしっかり持つんやで! すぐに手術に入るからな!」

 目の前に掲げられた指を数えた時、先生と呼ばれた男がそういった。

「手術、何?」

 何とか声を出して秀雄が聞くと耳元で看護師が状況を伝える。

「事故にあったんですよ。大学構内で車の前に貴方が飛び出して跳ね飛ばされてしまったんです」

「事故……」

「大丈夫ですよ。必ず、先生が助けてくれますからね。お友達も心配して待っているんですから頑張らないとね」

 お友達、それを聞いて秀雄は再び深く沈んでいこうとする意識の中で、状況を理解しつつあった。

 

 そうか、俺は今、事故におうて病院に運び込まれて手術を受けようとしとるんや。そして、この部屋のドアの向こうに「お友達」の嵐と京子が居る。

 俺はあの暗闇から抜け出した。確かに嵐は生きとる。

 石は、俺と嵐の状況をすり替えたんや。

 あの女は言うとった、時間を戻すことは出来へんって。

 事故が起こったという時間を無かったことには出来へんから、石は辻褄の合うように「者」を入れ替えることにしたんや。

 嵐が生きているさっきの世界、確かにその通りや、石は俺の願いを叶えた。

 今俺がいる意識空間の外では、医者が必死に俺を助けようとしている音が響いている。

 俺はその様子を他人事のように聞きながら呟く。

「何が願いをかなえる石やねん、……最低や」

 灰色の世界で俺の呟きは木霊のように反響し、そしてその呟きに同じく木霊のように答えが返ってきた。

「あら、失礼ね。ちゃんと全て貴方の言葉通りに素直に石達は願いを叶えたでしょう? どんな願いでも確実にね」

 真っ暗な意識の世界に紅い光が差し込んで、細く色白の長い脚が視界に入ってくる。

「思うてたんと違う、見当違いな叶え方ばっかりで、叶えてもらった感じがせぇへん」

「見当違いなんかじゃないわよ。貴方の望みは叶えられている。その言葉の通りに石が叶えたわ」

「よう言うわ、今の状況を見てみ。確かに俺は嵐の生きている所に戻せと願った、そやけど俺を事故にあわせろなんて願ってへん」

「屁理屈なんて言って、クレーマーは嫌だわ。言ったでしょ? 言葉の通りに石は素直に従ったって。それに、時間は戻らないと言ったはずよ。いくら完全な私の石達でも過ぎ去った時間の事柄を戻すことは無理」

「分かっってる、だから俺は」

「貴方は。嵐が生きていて自分も事故にあっていない世界とは言わなかった。まぁ、そう言っていた所で時間の中で事故はあった事実としてあるから誰とも知らない人が事故にあっていたんでしょうけど、貴方の場合は不幸にも二つの要因が重なってしまった」

「二つの要因? 何やねんそれ」

「あら、私が答えると思って?」

「そんな言い方するってことは答える気はないんやろ。別にええわ、事故があったという事実を変えられへんのやったら他の誰かがなればよかったんや。俺が自分も事故にあっていない世界と願わなくても、俺が事故にあう必要はないんちゃうんか」

「他人がなればいいだなんて乱暴で自分本位、自分勝手なのね。でも、事故は確かにあった、その時間の流れの中で。だから、誰かが事故にあう必要性があった。それが他人ではなく貴方であるのは石が貴方に似てとても優秀だったからよ。石は時間の流れの中で最も自然でそして、貴方の願いも叶えられる方法をとったの。決して皆が貴方を非難できない位置に貴方を置くというとても優秀な方法をね」

 俺は女の言い分に眉間に皺を寄せて抗議しようとした。だが、俺が口から言葉を吐き出すよりも先に女が話を続ける。

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