13話。

(俺が犯人か。人が一人瀕死やっていうのによくもあんな作り話ができるな。でも、俺のせいっていうんはあながち間違いでないかもしれへん)

 自分自身に向かって嘲笑を投げ、胸に現れた重苦しい空気を吐き出すように溜息をついて、再び視線を落とせば腕にきらめく石が二つ見える。

(俺のせい、例えそうやったとしても、誰にもそれがバレることはあらへん。俺は押してないし足も引っ掛けてない、証拠は何も無いんや)

 肯定しつつ否定した、秀雄の思いがまるで正しいと頷くように右手首にある石が数度鳴った。

(そうや、それにあれは俺のせいやない。石が勝手に俺の思いを願いと間違えて叶えてしまったんやから)

 その瞬間、あれほど鳴いていた石は沈黙し、同調の音を立てない石たちに秀雄は心を乱す。

 その石達の沈黙は勝手に叶えたのだという秀雄の言葉に反発しているようで、自分には関係が無いと無言の圧力をかけているよう。

(何やねん、何で黙んねん)

 秀雄の言葉に石はさらに深く静かに沈黙し、輝きまで失っているようにみえた。

(確かに強く思ったかもしれへん。でも、それを勝手に願いと捉え、叶えたのはお前ら石やないか!)

 洗面台を殴るようにたたきつけ、石を睨み付けた秀雄に石は一度だけ涼やかに心を突き刺すようにつめたく鳴り響く。その音色は秀雄の考えを否定し、非難するように聞こえ秀雄は瞳を見開いて怒りをあらわに、腕から石を引き剥がそうとオーロラ色の糸に手をかけ力いっぱい引っ張った。しかし、オーロラの糸は切れるそぶりも見せず秀雄の腕に巻きついて、糸を引っ張った秀雄の手からは血が滴り落ち、その血は残った石を赤く染め上げる。

 石は紅く染まる中で少し鈍く低く鳴き始め、辺りの空気を揺らして秀雄の耳の中で反響した。

(煩い! 俺やない、お前ら石のせいや!)

 耳鳴りのように鳴り響く音に足元がおぼつかず、よろけるように後ずさると背中に壁が当たる。秀雄はその壁に背中をつけたまま床に座り込んだ。

 目を閉じれば、赤い血溜の中、体を横たえるあの嵐の姿が消えては現れ、俺が犯人だと面白半分に噂する学校の連中のにやつく顔が見えてくる。呼吸が苦しくなり、額からは大量の汗がにじみ出てきた。

(煩い、煩いぞ……)

 頭の中でざわつきにやつく連中が無性に腹立たしく様々な感情が入り乱れ、煩く音色を立てる石に向かって瞳を見開き秀雄は叫んだ。

「煩いな! 何もかも静かにせぇや! 一人にしてくれ! 全部なくなってしまえ!」

 秀雄の叫び声とともに石が砕け散る音だけが響き渡り、一気に秀雄の周りは静けさを取り戻す。

 石の音色も病院のざわめきも、目の前に現れては消えたあの嫌な光景も全てが無くなった。

 辺りは漆黒。

 突然の出来事に秀雄はゆっくり立ち上がり周りを見回した。

「何や? ここ」

 上も下も、右も左も何もかもが分らない世界。自分が目を開けているのかすら分らなくなる静けさだけの世界がそこにある。

「確かあの時……、石が砕けた音がしたような。もしかしてこれは石のせいか」

 何も見えない中、秀雄は自分の左手で右手首を探った。右手首にある石はたった一つになってしまっていた。

「石が、願いを叶えた言うんか? 何の願いを叶えたんや」

 声を出してもその声はまるで吐き出した口のすぐ傍で消滅し、闇に溶けていくように響く事は無い。方向感覚など無ければ、自分の体が立って居るのか寝ているのかすら分らない状況で、秀雄はそっと顔の目の前に自分の手を持ってきた。

「真っ暗やもんな、見えるわけ無い。怖いな。あぁ、怖いな」

 自分の存在を自分で確認できない事が秀雄の中にじわじわとした嫌な気分を広げ、秀雄は、ただ呟くように「怖い」と繰り返す。

 それは叫ぶでもなく悲観するようでもなく、何の感情もなく呟くようだった。

 自分自身以外何もない、と同時に自分自身の存在も無い。

「何もない、そうか、俺が無くなれいうたから無いんやな。全てがなくなるいうことは俺一人になるいうことや。人だけやない建物も小さなゴミも、何も無い世界。石が願いを叶えたんやな」

 秀雄自身が何故だろうと首をかしげるほどに、秀雄は冷静でありその場に何の感情も生まれない。

「何や、ほんまに何もかも全部無くなったんやな」

 秀雄は無表情のままあの女の言った通りだと今更納得していた。

 石は酷く正直で素直、言葉を言葉のままに捉えて実行する。比喩やニュアンスなんてものは一切存在しない。

 状況を冷静に判断した秀雄は大きく何度か深呼吸をした後、自分はこの世界からどうやったら出られるのかを考え始めた。

 どう考えてもこのままこの世界で生きていくなど無理だと考えたからだった。

 何も聞こえない、何の存在も感じないこの空間で恐らく自分は立ち尽くしている。今の秀雄には「恐らく」としかいえなかった。自分は立っているつもりではあるが、自分の姿が見えない中では感覚しか分からず確実な把握できない。まして他人が自分を把握することは決してない。つまりは存在や状況が確立していない世界がこの場所。

 秀雄はそっと左手で石の存在を確認する。それだけが「存在を確認」する手段。

 何もない世界でどうすることもできないと思いつつ、秀雄は心のどこかでは安堵もしていた。

 ここには京子の疑う瞳も、学校で面白おかしく騒ぎ立てる集団もいない。嵐のことを気にする必要は無い世界なのだ。

 だからこそ、秀雄は安易に外に出たいと願うことだけは駄目だと、最後の石に叶えてもらわねばならない願いを考える。

(今ここで元の世界に戻してくれと願えば、石は確実にその言葉の意味通りに俺をあの病院へと戻す。それはあかん、犯人扱いされた世界に再び戻るのだけは絶対に嫌や。手元に石はたった一つや、石にニュアンスは通じへん慎重に考えんとあかん。この世界から抜け出し、嵐が居て、俺の存在が『疑い』で確認されない世界に戻る願い)

 しばらく石を指ではじきながら考え込んでいた秀雄だったが、小さく「よし」と呟いて深呼吸をし、残り一つとなった石を握り締め強く願った。

「嵐が生きているさっきの世界へ俺を戻してくれ」

 秀雄の言葉が暗闇にとけこんで暫くしたとき、左手で触っていた石はその場ではじけ右手からは全ての石が無くなる。

「これがベストの願いのはずや」

 秀雄は自分自身で出した素晴らしい願いに自然と笑みが顔にあふれる。

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