11話
病院の待合室。
(何で俺はここに居るんや)
赤いランプが点灯する薄暗い廊下の椅子に腰掛けて、秀雄は震える自分の手を力いっぱい握り締める。
一体何がどうなったのか全く状況は分からないが、どうしてこうなったのかは頭の片隅で理解したくないと思いながら理解していた。
床の一点をじっと見つめたまま微動だにしない秀雄の視界に清潔感があふれる白い靴が映りこみ、肩を軽くたたいて女性が質問してくる。
「嵐翔一さんの付き添いの方ですか?」
「あ、はい」
「とても危険な状況です。親御さんと連絡はとれますか?」
看護師が秀雄に聞いてきたが、秀雄は首を横に振り自分は知らないが大学に連絡を取ればと答え、看護師はではお願いしますといって走っていった。
秀雄は携帯電話を手に病院の入り口から外へ出る。
大学の電話番号を押して通話ボタンを押そうとして手を止めた。
(違う、違う! 俺のせいやない)
携帯電話を力強く持つ手が震え、唇を噛み締めて瞳を閉じ何度も何度もそう心の中で叫ぶ秀雄の耳に「あら、そうかしら? 」と聞き覚えのある声が響く。
その声は明らかにあの女店主の声で、秀雄は顔を上げて辺りを見渡した。
確かに自分は病院の入り口に立っていたはずなのに、目の前の光景はあの不思議な石屋の店内。
「病院に居たはずやのに、何で」
驚いて見回している秀雄の目の前で腕組をし、楽しげな笑い声を立ててテーブルに腰掛けているあの女店主が答えた。
「言ったじゃない、来たいと思えばこの店には来られるって。ね?」
「俺は来たいやなんて思って無い」
「いやね、思ったでしょ? 石のせいだって」
「そんなこと」
「思ってないとは言わせないわよ。石達が騒いでいたもの、持ち主が自分たちを否定したってね。それってこの店に苦情があると言う事でしょ。つまり、貴方はこの店に来たいって思ったのよ」
女店主の言葉は高圧的で強制力があり、秀雄はそうじゃないと思っていたのにもかかわらず、女店主のその言葉にまるで主人の言いつけを守る犬のようにただ頷いてしまう。
命令されれば従う、そのような関係がそこに生まれていた。
秀雄が頷くと女店主は微笑みを浮かべてゆっくりと足を秀雄のほうへ運ぶ。
翻るスリットから前と同じような妖艶な足が見え隠れしたが、秀雄の視線がそれを追うことはない。震える秀雄の手を取り椅子に座らせた女店主は、秀雄の後ろへ回り込む。そして、そっと低くハスキーな声で囁いた。
「嵐さえこの世から居なくなってくれれば」
その言葉に秀雄はびくりと体を揺らして筋肉全てが固まる。
息が荒くなり、額からは暑くもないのに汗が吹き出て止まらない。大きく肩を揺らす秀雄を女店主は何処からそんな力が出てくるのだろうというくらいに強く椅子に体を押し付けるように押さえ込み、更に耳に言葉を投げかける。
「そう、強く願ったでしょ? だから石は素直にそれに応えてあげたのよ」
「ち、違う、あれは願いやない」
「あら、いけない子ね。駄目よ、その言い訳は通らないわ」
「言い訳やない、ほんまにあれは!」
「石はね、貴方自身の心のかけらなのよ。貴方の心の中にあった想いが一つ一つの石となって現れたもの。だから貴方の気持ちに忠実で、絶対に嘘はつかないし間違いも起こさない。『この世から居なくなれ』、それは貴方が望んだ貴方の願い。石は必ず叶えるわよ、その願いを。彼が居なくなった世界であなたは何を願い何を望むのかしら?」
「嵐が居なくなった、世界」
「だって、貴方がそう願ったでしょう」
女店主の声が響くほどに秀雄は耳の奥からその声に浸食されていくように意識が朦朧としてくる。
「自分が望んだくせに、それに素直に応えた石達のせいにするなんて、それの意味が分かっているのかしら」
女店主の声は徐々に遠のくように聞こえたが、その内容は鮮明に秀雄の耳に響き渡り、秀雄はただただ首を横に振り涙が出てきそうになるのを堪えながら「違う! 」と大声で叫んだ。
「違う? 何が違うっていうの?」
「俺は願ってなんか無い!」
女店主の手を振りほどくように椅子から立ち上がり、大きく叫んだ秀雄の耳には楽しそうに笑う女店主の声が小さく遠ざかっていく。
気がつけば、辺りはさわつき近くで咳払いが聞こえた。
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