23話

 焼けるような紅色に染まるその十字路は何だか懐かしい気持ちにさえなってしまう。

 通学路を帰宅していた最中の仮面と会話をしていたはずなのにどうして自分はこんなところに居るのだろう? と首をかしげていた鈴だったが、圧倒的な紅い夕焼けと、どこか心を締め付けてくるような木造の家屋が立ち並ぶ光景にただ見とれてしまっていた。

 一人としてその十字路を歩いているものは居らず、空の赤さが地面を橙色に染め上げて、そこには木製の電柱が長い影を落としている。

 一見すれば寂しさだけがあるような風景だが、鈴にはそれが美しく綺麗だと感じ取れていた。

 そうして、空と十字路、そこに立ち並ぶ家屋を眺めていた鈴の足は、自然に、別段そこに行こうと意識をしたわけではないのに、ゆっくりと一軒の店の前に歩み寄り、その扉の前で突っ立った。

 立ち尽くしている鈴の目の前で店の扉が開き、高らかな鐘の音がいらっしゃいといっている様に鳴り響く。

 じっと動かず開いていく扉を見つめていれば、中からとても優しい笑顔を浮かべた初老の男性が鈴を招き入れた。

「あの、ここは?」

 思わず呟いた鈴にその老人は答えることはせず、店の奥に進むように手を差し伸べる。

 しかし、少し視線を上げ店の壁を見つめれば天井までびっしりと並べられた表情豊かな仮面が並び、なんともいえぬ異様さをかもし出している。

 その仮面全てに見つめられているようで圧倒され、踏み込もうとしていた足を引っ込める。だが、老人の手がゆっくり鈴のほうから店の奥にと動けば操られているかのように足は動き始めた。

 老人は奥にある椅子を引いて鈴を座らせる。

「あ、あの。ここは一体?」

 今自分の居る場所はどこなのか、そう老人に聞こうとして鈴ははっと唇に指先を当てた。

 その声を出しているのは自分であり、指を動かし瞳を老人に向けているのも自分。仮面ではなく自分の全てを自身が動かしているのだとその時ようやく鈴は気付いて瞳を見開き驚く。

「どうして?」

 鈴は鈴自身に質問していた。

 なぜなら鈴はまだ自らが導き出した『答え』を仮面に伝えていない。答えてもいないのにどうして自分が自分で居るのか、鈴はただ驚くしかなかった。

 ゆっくりと両手を胸の前にもってきて、テーブルに肘をついた状態で閉じたり開いたりしてみる。

 確かに自分の意思でそれらは動いた。

 不思議がっている鈴の様子を見ていた老人が音もなく鈴の後ろにやってきて、その耳元に唇の端を引き上げながら呟く。

「答えを見つけたのでしょう?」

 静かに囁かれた言葉に驚きながら振り返り、老人の瞳を見た鈴は引き込まれるような視線に頭を動かすことも、視線を逸らすことも出来ずに固まる。

「貴女は一体誰ですか?」

 老人の唐突な質問に鈴は身動きがとれないまま老人の瞳を見つめ返した。体は緊張を表しているのになぜか頭の中は異様に冷静で、その言葉の意味を探るように考えが巡る。

 一体誰なのか、その問いかけが「瀬戸鈴」という名前をさしていないことはこの店と老人から漂ってくる気配でよくわかった。

 一体自分は誰なのか、その答えを探っている最中、頭の中で彼女の声が響いた。

(迷う事は無いでしょ、考える必要も無いわ)

 その声に鈴はあぁそうかと体の緊張がほぐれていくのを感じ、小さく頷いて唇を動かす。

「私は、私です」

 一度ゆっくりと瞳を閉じ頭の先から足の先まで暖かく血流がめぐるのを感じた後、再び瞳を開けて老人の視線を跳ね返すように見つめる鈴。老人はにやりと口元をゆがめて微笑み続ける。

「貴女は貴女、……では彼女は?」

「彼女。彼女を知っているんですか?」

「答えなさい。彼女は誰ですか?」

 能面の様に張り付いた笑顔を鈴に見せながらもその瞳には鋭い力強さをのこし聞いてくる老人。その瞳はとても年寄りの発する輝きには見えなかった。威圧的な視線。まるで鈴を試すような質問。

(この老人は、この異様な店の異様な店主は、私に何をさせたいのだろうか、いや、何を言わせたいのだろう?)

 鈴は自分を見つめてくる老人の視線に負ける事無く、じっとその目を見つめ、一度深呼吸をしてから答える。

「彼女も私。私自身です」

 店主の目が細くなる。

 見ようによっては落胆にも見えるし、一方で笑みにも見える能面の翁のような顔。どちらが正しい感情なのだろうかと鈴が見守っていれば、肩が上下に小さく揺れて堪え笑いをし始めた。

「私は何かおかしい事を言いましたか?」

「いいえ。どうしてそう思われるのです?」

 口元にいやらしい笑みを浮かべて言う店主に少々腹立ちを覚えながら鈴は視線をそらす事無く、どちらかといえば睨みつけるようにして言う。

「貴方が口元に笑みを浮かべて声も出さずに笑い私を見ているからです」

「ほぉ、私の笑いが気になると?」

「当たり前じゃないですか。そんな笑い方をされて気にならない人はいないでしょ?」

「そうですか」

 まるで鈴の反応を楽しむように言った店主は笑う事を止めずに更に鈴の方へと歩み寄り、前方に腰を曲げお辞儀をするような格好になると、顔面を両手で覆い、指の間から瞳を除かせて睨みつける鈴の視線に絡ませる。そして、更にその顔面を鈴の顔の直ぐ近く、息がかかるほどに近づいた。

「……では最後の質問です」

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