22話
そう、鈴にはもう「答え」が出ている。
丁度そのとき、鈴はその答えに至るまでの自らの思いを練り上げている最中だった。
(あぁ、そうか)
考えをまとめているその最中、自分の考えに鈴が思わず呟くと、仮面はそれに気付いて話しかけてくる。
「そうかっていった? 『答え』が見つかったの」
仮面の問いかけに鈴は一瞬、言う事を戸惑ったが深呼吸をして何度か頭の中での考えをまとまらせてから仮面に向かって答える。
(えぇ、そうね、答えは見つかったと思うわ)
「そう、それは何? もう期限が無いんだから言わないと駄目でしょ。この前までは聞かなくてもぽんぽんと不正解を私にぶちまけていたのに慎重ね」
(答えは見つけた、けど答えるかどうか、凄く迷っている)
鈴の言葉に仮面は何を言い出したのだろうと驚き首を傾げた。
「あら、どうして? 言わないと私が鈴になって、鈴は仮面となって消えるわよ?」
それは言われなくても分かっていた。
始めの頃にそういわれその事実に焦っていたのだから覚えていないわけが無い。ただ、今鈴はそれならそれでもいいのではないかと思い始めていたのだ。
答えが分かり、答えに至るまでの考えをまとめながらも、それは自分だけがわかっていれば良く、この状態がそうなるのであればそれが一番良いような気もしていた。
ゆえに答えないまま、期限が切れても良いと思っていた。
けれど、それでは今までの鈴となんら変わりない、そう思って鈴は仮面に自らの考えと答えを少々前置きした上で話し始める。
(正解かどうか、それは後においといて聞いてくれる? 私ね、今まで気付かなかったことが分ったの)
仮面は黙って頷き、鈴の言葉を待つ。
(どんな私も、それは私自身が作り出したものであり、私自身の責任だという事がわかった)
「あら、周りの皆が作り上げたのではなかったの? 今までとは違うわね」
仮面の言葉に鈴は苦く笑い、本当に私ったら情けないわねと小さく呟いた。
(今までの『解答』が正解しないはずよ。私は全く思い違いをしていたんだから。私がこうなったのはお母さんのせいじゃない、先生のせいでもないし、周りの誰のせいでもない。私の自分自身のせいだった)
小さく笑いながら言う鈴に対して、仮面は頷くこともせず何も言わない。
だた、辺りを包む雰囲気は今まであった呆れ嘲笑うようなものではなく、どこか見守るようで、本当に静かに鈴の言葉を聞き、待っている。
(私を作ったのは私だと、そう気付いて、今までの事を色々考えた。貴女の言葉の一つ一つを繰り返し頭の中に思い浮かべて考えた。今まで小難しく考えていた『自分を考える』事をやめ、もうひとりの私である『貴女を考える事』にした。私と入れ替わった貴女の発する言葉、貴女の行動、そして、そこから生まれる周りの反応。貴女の中に居る事で私はそれまで見えなかった自分自身の足りなかったところや、嫌な部分を見てきた様な気がする。ううん、違うわね。見えなかったんじゃない、見ようとしなかった事全てだわ。それでね、少し分かった。貴女は私だと思う。でもちょっと違ったわ)
違うという言葉にそれまで黙って鈴の話しを聞いていた仮面は首をかしげて「違うって、何が? 」と鈴に聞いた。すると鈴はにこやかに優しい笑顔を口元に浮かべる。
(貴女は私の仮面だと言った。でもそれは違うでしょ?)
鈴の言葉に片眉尻を一瞬動かしたが、直ぐに元の表情に戻って仮面は首を横に振った。
「私は鈴の仮面よ、それ以上でも以下でもない。鈴が何を言いたいのかさっぱりわからないわ」
つっけんどんに言う仮面の態度に鈴は肩を少々すぼめて何度か揺らした後、口の端に笑みを浮かべたまま瞳を細める。
(貴女って嘘つきね。まぁ、いいわ。私が言いたいのは貴女が私なんじゃない、私が貴女だって事。だから、貴女が私の仮面なんじゃない。私が貴女の仮面だったんだわ。ねぇ、貴女はどうして仮面と言う言葉を使ったの?)
「あら、質問されるのね、聞いていればいいだけかと思ったけど。仮面、それはそのままの意味だからよ。特別何があったから仮面と言う言葉を使ったわけじゃないわ」
(そうなの。私はてっきり何か目的があって言ったのかと思っていたわ。仮面って何の事だか最初は分らなかった。お祭りの時にかぶるようなお面みたいなものだと思った。でも少し違ったわ)
「違うってどういうこと?」
(それは見せかけの『者』なのよ)
「見せかけ? なによそれ、鈴がそんなに回りくどいなんて思わなかったわ」
鈴の言っていることの意味が分からず、仮面は溜息をついてそう言ったが、鈴は小さく楽しげな笑い声を立てながら言う。
(そう? そんな事は無いでしょ。貴女は私、私は貴女なんだもの。答えが分からないときの貴女は相当回りくどかったわよ。回りくどいことを言った貴女だもの、私の言葉の意味が分からないはず無いんじゃない?)
鈴の言葉に片方の口の端を持ち上げて、やれやれといった風に笑った仮面の様子に同じように笑った鈴は続ける。
(見せかけ。私が良い子であるための皆への見せかけの顔と態度。それを形作っているのが私と言う仮面)
「鈴が仮面だというなら私は何だって言うつもり?」
(貴女って本当に意地悪ね。分っているくせに質問して間違っていたら嘲笑うんでしょ?)
「私が意地悪ですって? 違うわね、鈴が訳のわからないことを言うから私は質問するのよ。ごく普通でしょ? 意地が悪いわけじゃないわ」
(そうね、そういう態度をとる。言われたことを素直に受け取ったりせず反発し正論を言っているかのように論じる。……それも私だわ)
始めの頃、仮面の行動の一つ一つに腹を立てていた鈴だったが、今はそんな仮面の行動全てが「それも私だ」と納得できるようになっていた。
(貴女も私の仮面。私の中にある、幾つもの仮面の中の一つ。でも、私の仮面とは違う。貴女があって、私と言う仮面が生まれた。貴女は私と言う存在が出来上がることで生まれてしまった仮面。私と言う存在は貴女があって初めて生まれることが出来た。そう、貴女は貴女が私だといったけど、それは違う。私は仮面と言う人物を覆い隠し、奥底に沈めるため、貴女の存在を周りから見えないようにする為にかぶる仮面として生まれてきた)
じんわりと静かにそういった鈴は小さなため息をついた。
良い子を演じるのは簡単なことじゃない。
なぜなら鈴は元々「良い子」という訳ではなく、ただの普通の子だったから。
母を困らせてはいけない、友達をなくしたくない、先生に良く思われたい、今思えば些細な事。だが、昔はそれがとても重要なことで実現するためには「良い子」であり続けなければならなくて、鈴は私自身の本当の気持ちを「我慢」してきた。
自分が仮面にしてしまった、本当の自分を表に出さない為に必死で隠して仕舞い込んで、その内に必死になること無くしまい込む事を覚えた。
意識しているときも、していないときも、本来の自分を我慢している最中何度か仮面が顔を出そうとしたけれど、その頃には鈴のもう一つの仮面は完全に固く顔に張り付いていて、決して仮面がすり替わる事も外されることもなかった。
鈴の考えを読み取った仮面は瞳をゆるやかに優しく笑うように細くして、鼻から大きな息を吐き肩の力を抜く。
「随分今までの考えから飛躍した意見にびっくりだわ」
(確かにね、でもそれが私の今の考えと気持ちよ)
鈴は仮面に向かって静かにそう言い、答えなくてもいいと思っていた答えを仮面に示そうとした。
自分自身がたどり着いた鈴の「答え」。
正解であろうと無かろうとそれ以外の答えを出すつもりは鈴には無い。
間違っていればそのままでもいいし、正解していれば何か変われるような気がしていた。
深呼吸をし言葉を発しようと口をあけたその瞬間、鈴の目の前には見たことも無い街並みが広がっていた。
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