20話

 仮面の態度はあまり好きな態度ではなく、今までであれば仮面の言う通り「なんてこと言うのよ! 」と食って掛かったことだろう。

 鈴がそうしなかったのは仮面の言葉、「私は私、それ以外の何者でもない」という一言にあった。

 母親が気付いてくれたことは正直嬉しかった鈴だが、それと同時に仮面の言葉は正しいと思った。

(癇に障る時もあるし、嫌な思いをすることが多いけれど、彼女の言う事はいちいち正しい)

 良い子の自分が居た、しかしそうではない自分も確かにいる。

 鈴はこの時、仮面が始めに言っていた「私は鈴」という言葉の意味を理解していた。

 彼女は自分であり、「私以外の何者でもない」。

 彼女の言動は随分昔に封印してしまった、鈴が今まで押し込めてきた本来の鈴であるともいえる。

 皆の反応が怖くって、嫌われるのが怖くって、ただ頷いてきただけの「素直で良い子の鈴」が押し込めてきた本音の反応。だから、母親が仮面の鈴を鈴じゃないと疑うのはおかしい事だと鈴は思ってしまった。

(お母さんは気付いた。でも、そう考えると今度は逆にやっぱり今までの私しか見てなくて、本来の私のことは気付いてくれてなかったんだと思ってしまう)

 気付いてほしい、そう思っていてやっと気付いてもらえたのに、今度はそれがおかしいと思ってしまっている自分に鈴は少々戸惑っていた。

 そんな鈴に黙っていた仮面がぽつりと呟く。

「だから、母親を非難するの? 母親だからと言いながら表面上の私しか見てくれてないじゃない、そう思っているんでしょ?」

 仮面に聞かれ鈴は黙ってしまった。

 確かにそう思っていたし、仮面が母親に対して言った言葉はそう言うことを指しているのだと解釈していた。しかし、今の言葉は、仮面はそんなことは思っていないと言っているよう。

(貴女はどうしてそう私が理解しようとすれば、そうではないと言って考えをひっかきまわすの?)

「鈴は自分以外の何かを非難することはあっても自分自身を見つめることはしないのね。少しは成長したかと思ったけど全然ね。最低だわ」

 鈴にはその言い分は受け入れがたかった。

 何故ならついさきほどからずっと鈴は自分自身を見つめる努力をしていたのに、それがそうではないと否定されてしまったからだ。

 間違いであるとはっきり理由を述べるのならまだしもそうせずにただ否定するだけの仮面に少々苛立ちが生まれていた。

「よく考える事ね。誰がそんな鈴を作り上げてきたのかを」

 鈴はむっと口を歪めて顔を抱え込んだ膝の中に埋める。

(誰が? 誰ってそんなの皆に決まっているじゃない。周りの皆が素直な良い子の私を望んだから私はそうなろうと変わって行った。私は皆の為に自分を押し込めて自分のやりたいこと、言いたいことを我慢してきた。良い子な私を作り出したのは、私の周りの皆だわ)

 鈴には仮面の、彼女の言う事が理解できなかった。

 心の奥底に決して解けないようにと封印してきた様々な気持ち、封印する事で出来上がっていった聞き分けの良い自分自身。

 そこまで考えて鈴はふと、そう言えばどうしてあんなに硬く、そして深く、どんなことがあっても開かれることのなかったパンドラの箱が開いたのはどうしてだろうと思いだした。

 その存在すら忘れてしまっていた自分自身が開いてしまうことなど無いはず。

 何より、苦しい思いをするのはもう沢山だとそう思って封印してしまった自分がわざわざその箱を開くはずが無い。

 一体きっかけは何だったのだろう? そう思っていると静かに勉強机に向かっていた仮面が「何ってこと無いわ」と呟いた。

(別に貴女に応えてなんて言ってないわよ)

「あら、他人行儀ね。私を自分だと認めたんでしょ」

(確かに貴女は私、そう認めたけれど、それでも貴女は私ではないのよ)

「全く小難しいわね。堅物って言ったほうがいいのかしら? まぁいいわ。鈴が私を理解した時、鈴が鈴になる時だもの」

 鈴は小難しいのはどっちだと言いたかったが言葉を飲み込んで大きく一つ深呼吸をした。

 吐き出したい気が膝にかかって鈴は今我慢をしてしまった自分に首を傾げる。我慢をしてきた自分に気付き、そうではない自分を見出したと思っていたのに自分は再び我慢をした。それは一体何故なのか。自分の中に自分の意識の一部を閉じ込める場所を作るほどに「我慢」をどうして自分はするのだろう?

 パンドラの箱は開いた。

 だったら我慢などしない自分であってもいいはずだ、あの仮面のように、でも内側の鈴はどうしても我慢をしてしまう。

 理由が分からぬまま鈴は、自分で自分をつかんだようだったのに、握りしめた手には何も掴んでなかったかのようで大きなため息をついて瞳を閉じた。

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