14話

 登校し、教室に入れば自分の机の上には花が飾られているか、机や椅子がなくなっている、もしくは落書きがされている。

 不特定多数、クラス全員と言ってもいいイジメは陰湿で大掛かりだ。

 毎日、今日はどんな仕打ちをされるだろうかと重苦しい気持ちで鈴は教室に入る。

 仮面は俯きながら入っていく鈴とは違い、真っ直ぐ正面を見つめながら堂々と教室に入って行った。

 そして視線を自分の席に向ける。今日は机と椅子が姿を消していた。いつもならば、一人で何とかホームルームまでに探し出し元ある場所に戻すのだが、仮面は自分の席の近くまでやってきて大きな声で叫んだ。

「私の机と椅子をどこかにやった奴! 今すぐ戻しなさい!」

 教室がざわつく。

 当然だ、いつもはこそこそしている鈴が大きく胸を張って、教室中と廊下にまで聞こえるほどの大声を出したのだから。

「幼稚なことして楽しんでんじゃないわよ、さっさと戻しなさいよ。戻さないって言うなら別にいいけどね、職員室で新しいの貰ってくるから」

 堂々とした仮面とは逆に鈴は心臓を脈立たせ、焦りにも似た感情でその場に居た。

 そんな態度を取れば後で報復されるかもしれない、何より、自分をいじめている相手の感情を逆なでしているに違いない。

 廊下まで聞こえる声に他のクラスの生徒まで何事だと覗き込んでくる。

 そんな中、机を戻し自分が犯人ですと言うようなことをする人はひとりも居らず、大きなため息をついて「じゃ、職員室行くかな」と呟く仮面。

 すると目の前に一人の男子が躓くように現れ小さな声で机はベランダにあると言った。それを聞いた仮面はその男子の後ろに居る男子の集団に向かって人差し指で指差しして怒鳴る。

「人を使って言わせてんじゃないわよ! 自分でやったことは自分で始末をつけなさい!」

 そして、その怒鳴り声に瞳を見開き驚いている囁いてきた男子にも視線を向け、

「貴方も、言いなりになってるんじゃないわよ。男でしょ?」

 仮面の言葉に廊下から覗いていた生徒たちは集団の男子を笑い、集団の男子は恥ずかしくなったのか教室を出て行った。

 その連中を見て「何だ、あんなものか」と一言漏らして仮面は自分の机をもどし、椅子に腰掛けようとして思い出したように立ち上がり、教室を眺めて言い放つ。

「言い忘れていたけど、私を苛めて楽しい学生生活を送っていたんだろうけど、私はもう我慢するのやめたから。受身はもう沢山、覚悟しておいてね」

 高らかな宣言に誰もが驚く。

 苛めていた張本人たちはもちろん、クラスメイトや廊下を行く別のクラスの人たちも「苛めがあったの? 」と興味を向けていた。

 鈴もまた当事者として他の者たちと同じように驚き思う。

(仮面は報復ということを考えていないのだろうか?)

 そんな鈴の考えに仮面は一笑した。

「報復を恐れて今の状況に甘んじるくらいなら、報復を受けることを前提に討って出るほうがずっと良いわ。鈴だってそう思ってきたんじゃないの? 報復があって、あちらが集団で来るのなら、こちらも集団で迎え撃てばいい。何も人はこのクラスだけじゃないでしょ。私は鈴がやらなかったやりたいと思っていたことをやっているに過ぎないのよ」

 鈴は考え込む。

 そんなこと一度として思った記憶が無かったからだ。

 いつだってこの状況が早く過ぎ去ってくれることを願っていた。

 けれど自分からその状況をぶち壊し、そして報復もそのリスクだと思うような事柄をやりたいなんて思うはずが無い。

 仮面は自分だというが、それは本当だろうか? 自分ではありえないことばかりが自分の姿で起こっている事態に鈴は混乱していた。

 授業の合間の放課。

 始めはそうでもなかったが、三度目の放課の時には数人の女子が鈴を囲んでいた。

 たった一人の食事しか取ったことの無い昼食の時間、鈴はこの学校に入学して初めて自分以外の二人の女子と食事をする。

「瀬戸さんって、どこか暗い感じがして近寄りがたかったけど違うんだね」

 他愛の無い会話の中でそういわれ、鈴は楽しげな昼食を眺めながら(そうよ、違うのよ、それは私じゃない)と呟いていた。

 こんなに違うのに、どうして私じゃないんだと分かってくれないのだろうか?

 鈴は自分が自分で無い状況で、誰の目から見ても今までの自分を知っている人たちなら違うと分かるはずなのにそういってくれないことに疑問を抱いていた。


 こんなに私と全く違う私なのに、どうして誰もどこかおかしいと思ってくれないのだろう?


 疑問は私の中で大きく膨らんだ。

 しかし、それが無意味な疑問だということは分かっていた。

 見た目だけじゃない、声も何もかも外見上の全ては鈴そのもの。

 鈴はそれが自分ではないと知っているからこそ違うと声高に言えるが、他人がそれを分かるとは思えない。しかも今まで接点を持とうとはしてこなかった人たち。以前の私をよく知る人物などここに存在するわけがない。母親や担任ですら気付かないのだから同級生という人達が気付くわけがないのだ。

 きっと、同じような状況になっている違う人を見た私も気付くことは出来ない。つまりはそういうことなのだと答えが出ている疑問。

 ここにいる自分以外の人間が私を『鈴』として認識しているのは外見だけ。

 分かっていたことだった。皆、ただ便利に使えるアイテムが欲しいだけなんだと。

 だから、中身なんて関係ない、判断材料は見た目だけで十分。そんな、わかりきったことを今更しみじみと思う。

 私はいつだって使える時だけ使われる存在。己が楽をする為に、己の怒りのはけ口に、どんな理由があってもそれは私を使うという事。

 今までもこれからも、いいえ、違うわ。

 もう私は使われるだけの存在じゃなくなる。彼女は私じゃないものね。

 中身が違っていると気付かれなくったって別に何を気にする必要もない。

 それが他の人たちにとって鈴となればそれが鈴であり続ける。

 そうよ、嫌なことなど何もない、我慢もしなくていい、今のままの方が良いじゃない。

 頭の中で繰り返しながら私は自分の気持ちを納得させようとしていた。

 納得。

 そう、納得させようとしている。

 頭のどこかではきっと誰かが気付いてくれるなんて期待を持っているのに、その期待にすがろうとは絶対しない、したくないと思っているくせに、その考えを捨て去る事の出来ない自分に「納得」させようとしていた。

 期待にすがればそれが裏切られたときに心が砕けてしまうのを私は知っている。

 砕けた心を直そうとしてもそれは直らず、結局割れた破片を戸棚にしまいこんで欠けてしまった心のままで生活をしていかなければならないことも知っている。

 期待などしてはならない。

 そう肝に銘じていても期待というものは必ず湧き上がってくる。だから、期待を抱いたときにそれはありえないことだと納得させる。それが最良の手段であり自分を守るすべでもあった。

 そんな私の思考を恐らく読み取っているにもかかわらず、仮面は私に何かを語りかけようとはしない。こちらに関心を向けようともしなかった。

 なぜか私は酷く孤独を感じた。

 それは苛められている中で感じる孤独よりもより独り感が強いもの。他人の気配を感じないこの場所でたった一人で居ること、それがこんな不安になるものなのか。

 私が孤独と言う名の不安と戦っている間、外界では仮面が楽しげに会話をしている。

 跳ねるような笑い声、仮面は私であると言いながら私であろうとはしなかった。私が決して言わないだろう言葉を発し感情を現す。そんな彼女に対し、初めは他のクラスの者達が、そのうちにいじめられている姿を小さく影から見つめるだけだったクラスメイト達が普通に会話を繰り広げ、どちらかと言うと盛り上がっているように感じる。

 私と気づいてくれないどころか、私でない私の方が楽しそうだなんて。

 私はただ寂しさが心の中に広がるのを感じて、自分の体の中なのに、自分の心の中なのに、小さく膝を抱え込むように隅の方で座り込んだ。

 あぁ、私の存在は私以外の人達にとって一体何なのだろう?

 小さく体を抱え込んでそう考えていた。

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