15話
昼休み、いつもなら食事が終われば、鈴は席を立つ事無く、鞄から取り出した文庫本を読んでその時間を過ごす。もしくはトイレ休憩で一人トイレに立つ。
でも、仮面は違った。席を立ち、様々な場所に行っては友達と楽しくお喋りをする。
それが鈴の知らない人であろうとも彼女は笑顔で近づき高らかに笑う。
昼休みが終わった時、教室では珍しい光景が広がっていた。
鈴の席に落書きも、花瓶も無い、机と椅子が置いてある。
少しでも鈴が席を立てばその席は落書きされているか花瓶が置かれている。
時間が長ければ机がある保証はない。
それがいつもの光景であった。
しかし今は、朝に仮面が高らかに宣言したせいなのか、それとも何か別の原因があるのかわからないが教室の中で自分を睨み付ける者は居ても馬鹿にしたように笑い、手を出そうとする者は少ない。
にこやかに笑顔を浮かべて前方を見る仮面に向かって鈴が少々嫌味のような口調で言う。
(とっても、楽しそうね?)
鈴の言葉に表面上では笑顔のまま、内側では静かに仮面は返事をした。
「楽しそう、そう感じるの? 私が楽しそうだと、鈴はそう感じているのね」
(感じるのって、だってそうなんでしょう? 大きく笑って笑顔が絶えないじゃない)
「本当に単純ね」
鼻で笑い、呆れたような口調で言ってくる仮面に鈴は眉間に皺を寄せる。
(どういうこと?)
「それが仮面だとは感じないの?」
(仮面? それは貴女の事でしょ)
「分らないなら良いわ」
(分からないに決まっているわ。貴女はいつだって回りくどくて何が言いたいのか、汲み取れと言う方が無理よ)
「私は鈴に答えを出させる為の存在では無いし、導く存在でもないのよ。あくまで鈴が分からなきゃいけないことなの。説明されてあぁそうかって納得したからといって理解したとは言わないでしょ」
口調は相変わらず馬鹿にしたようだったが、その雰囲気は意味を理解しようとしない鈴の事を悲しんでいるようで鈴は戸惑った。
(意味が分らない。いつも私を馬鹿にしたときはこうして心の中に悲しげな色を映し出す。一体私に何を望んでいるのだろう。答え? そうだ、『答え』だ。私はその『答え』を見つけ出さなければ体を返してもらえない。仮面が求めているのは『答え』なの? 『答え』って何?)
黙りこくってしまった鈴に仮面はゆっくりとした息を吐き、考え込みながら「答え」という物に関心を向け始めた鈴に小さく微笑んだ。
「良い事を教えてあげようか?」
(良い事? またヒントでもくれようっていうの? 貴女のヒントはヒントになってないから要らないわ)
「ヒントは一つで十分でしょ。あれ以上のヒントがもらえると思っているなんておめでたいわね」
(本当にいちいち癪に障る言い方をするわね)
玉が坂道を転がる様にめまぐるしく態度を変える仮面に鈴は終始不機嫌だった。しかし、そんな鈴の態度も仮面にとっては楽しみの材料となるようで口元の笑みが絶えることは無い。
「鈴、今やっと『答え』ってのに考えがいったけど、今からゆっくり考えようとか思ってないでしょうね」
仮面の言葉に鈴は首を横にも縦にも振らなかった。
時間など気にしてなかったからだ。
身体を早く自分に返してほしいと思っているから早急に答えを見つけるのが当然だが、今まで仮面の取る自分ではありえない態度に驚き、答えの事柄についてすっかり忘れてしまっていた。それに、ゆっくり考えようと焦って考えようと、答えにたどり着くまでの道筋が全く見えない今、鈴にはどのくらい時間がかかるかなんてわからない。
「鈴に与えられた期限は一週間。私が鈴の中に現れてから一週間後まで。それを過ぎれば鈴は鈴の仮面になるわ」
仮面の思いもよらぬ話に鈴は目を見開いて驚く。
(一週間ですって? 何が良い事を教えてあげる、よ。全然良い事なんかじゃないわ!)
現れてから一週間、すでにかなりの時間が過ぎてしまっている。
ヒント以上に大事なことを何故今頃言うのかと大きな声で怒鳴りつけた鈴に「だって、鈴全然興味なかったじゃない。それに一週間って期限は私が決めたわけじゃないから仕方ないでしょ」とあっけらかんとした答えが返ってきた。
その態度にさらに不機嫌になった鈴は唇を尖らせて文句を言う。
(第一、私が私の仮面になるってどういうことよ)
「だから、それは鈴が答えるべき回答。私の答えるべきことじゃないのよ、」
(またそうやって、肝心なことは何も言わずに逃げるのね)
「そう思うんだったらそう思っときなさい。本当ならこんな事教えてあげるなんて事しないのよ。でもアンタってなんだか鈍いんだもの。私はとっても親切だから教えてあげたのよ。感謝して欲しい位だわ」
上からの物言いに偉そうな態度が加わって、自分の体を勝手に使っているくせに何を言っているのかと鈴の不機嫌は頂点に達した。
勿論、隠したりしていない鈴の気持ちは仮面に筒抜けだったが、仮面は怪しく微笑んで、苛立つ鈴に「頑張ってね」と心にもない言葉をかける。
丁度授業が始まって、仮面は鈴を無視するように話さなくなり、鈴は「答え」を早く探さなければいけないと焦りながら考え込んだ。
しかし、授業終了のチャイムが鳴り響いて鈴は大きなため息を吐く。「答え」の手がかりも、小さなヒントすらつかめないまま時間が過ぎてしまったことに対しての溜息だった。
期限を突き付けられたことで焦らないように思っていても頭の何処かでは焦りが生まれ、考えようとしても早くしなければと言う思いがよぎってろくに考えられない。焦る自分をなだめ、今まで起こったことを整理する、それだけしかできなかった。
(『答え』。単純に考えれば『疑問』に対する『答え』という事になる。疑問がない状況で『答え』を出すというのはおかしいものね。『答え』にもいろんな意味がある。『回答』、『解答』、『応答』、『返答』。思いつくだけでもこれだけある。私に対して彼女は疑問を提示していない。それを考えると『応答』『返答』というのが当てはまりそうだけど、彼女が私を呼んでいる訳がないし。……分からない、どういうことなのかしら。私に対しての疑問じゃなくて私自身が疑問に思っている事なのかしら?)
授業が終わったせいなのか、一生懸命考え頭の全部を使って考えをめぐらせている鈴にまた、呆れたような口調で仮面が「本当に鈍いわね」と行って来た。
一瞬、その言葉に機嫌を悪くした鈴だったが、取り合うことも馬鹿馬鹿しいと思い返して考えに専念する。
鈴は取り合わない、相手にしない自分にさぞかし仮面は悔しがるだろうと思っていたが、仮面は鈴の様子に少し嬉しそうに笑った。予想外の反応ばかりを見せる仮面に思わず、
(何なの、意味わかんない)
と、鈴が呟けば、
「そうよ、今の鈴に私を理解するなんて無理だわ。残念ね」
嘲りなどないにこやかな雰囲気で仮面は言ってのける。
(まただわ。馬鹿にしたかと思えば見守るような優しい雰囲気を出す)
仮面は同じ感情をずっとそこにとどめたりはしない。その態度は自分とはかけ離れたものであるがゆえに鈴の心は乱される。
(駄目よ、どんなに構ったって彼女は私に答えもヒントもくれない。構わずに考えないと)
自分自身にそう言い聞かせ、鈴は心の隅っこに仮面の態度と言葉を押し込めて考えに集中する事にした。正座をして瞳を閉じ考え込もうとしていた鈴の中に聞き覚えのある声が響き渡る。
「……戸さん、瀬戸さん?」
五時間目が終わり、六時間目までの休み時間に廊下に出て、あっという間に仲良くなってしまったクラスの子、そして他のクラスの子達とお喋りしていた仮面は呼びかけられ振り向いた。
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