「偶然、偶々出来上がったなどと言われている物はその裏に何かしらの努力が隠れているものです。楽して成り立つなどありえない」

「それくらい、分かっているつもりだ。でも、報われる努力もあれば報われない努力があるのも事実だろう。実際、俺は……」

「まだわかりませんか? 貴方の言っている努力は努力ではないということが」

 男の言葉が終わらぬうちに重ねられたマスターの言葉の調子はとても強く、思わず黙り込んだ男の瞳をマスターは凝視する。

 怖いほどに冷たく、研ぎ澄まされた視線は言葉を吐き出すことを許さない。

 ごくりと唾液を飲み込んだ男は自分の頭の中心がぼんやりしてくるのはその視線か、それとも先ほど飲んだモスコミュールになのか、分からなくなり自分の太ももを自分で抓って痛みを与えた。

「努力というものは他者が認めた時にその実を表すもの。自らが努力したと安堵したいだけの努力はただの自己愛に過ぎない。貴方の努力は後者、自らを労わる為に使われる努力です。最後の最後、結果が出るまで続けられた努力は例え目に見えた成果が無くとも己の中、または、他者の中に何かを残します。それが努力の結果です。目先の結果ばかりを見て、それが叶わぬから報われぬとぼやいている貴方自身を他人目で見て貴方はどう思いますか?」

「そ。それは……」

「奴隷のように力仕事をするのが努力。貴方は燃え尽きるまで、奴隷のように事を成しましたか? 他者から見て貴方の努力は努力と見えていないならそれは努力ではない。頑張れ、いいじゃないですか。そう言ってくれる人がまだいるだけ。貴方を認めようとしてくれているという事の証です」

「そう、なのか?」

「本当に貴方は自分が可愛くて仕方なかったんですね。周りと関わりたいと、一人になりたくないと思っているのに反した矛盾の態度をとる。もう少し素直にほかに目を向けることはできませんか?」

 にっこり微笑むマスターの顔には先ほどまでの威圧感は無く、ただ優しさだけがそこにある。

「言いたい事は分かったよ。でも、本当に頑張っているのに頑張れって言われたらどうすればいい?」

 男が横目でそっと言った一言に、マスターは大きく一笑して男に満面の笑顔を向けた。

「そんなこと、簡単なことじゃないですか。頑張っているのに頑張れといわれて苦痛を感じるのならそう言えばいい。十分頑張っているつもりなのだけれど、と。そして尋ねればいい。もっと頑張らなきゃいけないなら一体何処をどう頑張ればいいのかと。教えてほしいと。勿論、教えてもらったからには素直にその言葉を受け取るようにしなければなりませんが」

「言えばいい、言葉に出してもいいのか……」

「言葉に出して相手が怒るようであれば、それは貴方自身の言い方が悪いだけです。何事も言い方で変わるもの。やりなさいと言われればカチンとくるけれど、やってもらってもいいだろうかと言われればそうでもない。相手を不愉快にさせない聞き方、話し方というのはあるものです」

 マスターの言葉に男は口の端から空気を漏れさせながら笑って、マスターを指さしにやりと微笑む。

「じゃぁ、あんたは相手を不愉快にばかりさせる言い方しか出来ない奴なんだな」

「えぇ、そうですね。でもそれは別の言い方を知っているから出来ることでもあるんですよ。むやみやたらに自分勝手で使っているわけではありません。お忘れなく」

「全く、よく言うよ。……最後にあわてないようにスプモーニを飲んでいってもいいかな?」

「駄洒落ですか」

「あぁ、最高の駄洒落だろ?」

 堪え笑う男の瞳にはきらりと小さく光る水滴が。

 痞えが取れたように男は大きく息を吸い込み、差し出されたスプモーニを飲み干す。

 グラスを置き、自分の上着にナイフをしまって出口へ向かう男の先を歩きマスターは自動ドアのロックを外した。

 男は何も言わず、マスターに小さくお辞儀して自動ドアから外へと歩いて去って行く。

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