「……うるさいな」

 音楽も無い、他の客が騒いでいるわけでもない店内は異様な静かさがあるにもかかわらず、男はそう呟き、その呟きにマスターが「十分静かだと思いますけど」と返事をして男の前に立ち、カウンターに男の注文通りの料理を置いた。

「注文とは少し違う出来だな」

 カウンターに置かれた料理を見て男は文句を言ったが、一口また一口と口に運ばれ料理はあっという間に無くなる。

「文句を言う割には綺麗に食べていただけてよかったです」

「注文したものよりほんの少し、上品で丁寧に作られていたのは減点だが、美味かった」

「それはよかった。最も、注文した通りのものが食べたいのであれば家に帰られることをお勧めしますよ」

 マスターの言葉に男はぴくりと片眉を動かして、マスターを眺め暫く視線を合わせた後、肩をすぼめて少しの空気を吐き出しながら情けなく微笑んだ。

「……そうか、やっぱりばれたか」

「えぇ、お母様の料理を食べたかったのでしょう?」

 愛想笑いだと男にも分かる笑顔で言うマスターに男はふっと己自身に嘲笑する。

 男はなにかと世話を焼いてくる母親が鬱陶しく、なんでも自分の思い通りにさせようとする父親が煩わしく、両親のことは大嫌いだった。

 父親の言う就職先をわざと受けず、自分で探してきた場所に勝手に就職し、勝手に家を出た。

 故に、それ以降母親にも父親にも会ってはいない。

 母親にだけ、住所は教えていなかったが携帯番号だけは教えていたため、月に一回は様子を聞いてくる電話が入った。

 だが、それも煩わしく電話に出ることは無かった。

「どうしてかな、もう食べることが出来ないと思うと、急に食べたくなった」

 本当になぜかは分からないが、男は今、無性に自分の育った家の事を思い出し、マスターに何が食べたいかを聞かれて真っ先に子供のころ大好物だった母親のオムライスが食べたくなったのだ。

「お袋の味というやつですか? 貴方も意外に可愛らしいところがおありで」

「ふん、何とでも言えばいい。ただ、言っておくが俺はマザコンじゃないからな。どちらかといえば母親も父親も大嫌いだ」

「ほぉ、これはこれは。青少年のへ理屈ですね」

 マスターの笑いは愛想から堪えに変化し、横目でじんわりと男を眺める。

 男はその態度に一瞬むっとして機嫌が悪くなったが、自分があっという間に平らげてしまった皿を眺めて眉間のしわを緩ませる。

「嫌い、嫌いも好きのうちって昔から言いますが、本当ですね」

 男の事をからかうかのように言葉を続けるマスターに、男は眉間の皺を少し増やして静かに頭を小さく横に振った。

「俺は本当に嫌いなんだ。勝手に期待して、勝手に落胆する。そうして最後には頑張ってと笑顔で言いやがる。あいつらのそんな笑顔が大嫌いなんだ」

「親という生き物は大抵そういうものではないですか?」

「そうだな、自分の子だからこそ期待するんだろうよ。自分に出来なかったこと、自分が叶えられなかったことを背負わせようとする。親ってのはそんなもんかもしれない、だからって、期待されるのはうんざりだ。落胆されるのも同じ、それが俺にどれだけの苦痛を与えているか連中は分かってない。なにより、俺がそれを望んでいないのに背負わせてどうするつもりだ」

 深く大きなため息は澱んだ色に見えたが、マスターはだから何だと言うんだと切り返した。

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