どうしてやろうとか、先のことなど考えて無い。

 ただ、体を休める場所がほしかっただけ。そうさ、俺だって好きでこんなになったわけじゃない。

 確かに俺は昔から何をやってもうまくいかなくて、頭の中に思い描いた事柄はことごとく実現しなかった。

 まるでそういう呪いが自分にかかっているんじゃないかって現実逃避したぐらいだ。

「大丈夫、貴方はやればできる子だもの」

 母親は決まってそういった。

「もう少し本気を出してみたらどうだ。できないわけじゃないだろう」

 父親はたまにそういった。

「何だよ、もうやめるのか? 中途半端だな」

 友人達はあきれたようにそういった。

 やればできる子?

 そりゃね、やってできれば苦労はしないさ。

 本気を出せ?

 出してないってどうしていえるんだ、俺はいつだって本気だよ。

 中途半端?

 やっても出来ないってわかったから止めて何がいけないんだ。

「どうして、皆、俺の努力を、頑張りを分かってくれないんだ!」

 何度もそう叫びそうになった。

 怒鳴りつけて物を投げつけたかった。

 けれど、俺はどうしても要らない先のことを考えてしまう。

 哀れむような瞳を向けてくる人たちに言っても仕方ないだろう、とか。

 物を投げたら後で掃除が大変だ、とか。

 そうしてあきらめて俺は言葉を飲み込んだ。

 そんな俺の気持ちを知らない人たちはいつだって頑張っている俺に「頑張れ」と励ます。

 頑張っているよ、頑張っているさ! これ以上、どう頑張れって言うんだよ。

 努力をしなかったわけじゃない。

 頑張らなかったわけじゃない。

 精一杯やったさ、でも、やったからといって必ずしも結果が付いてくるわけじゃないじゃないか。

「努力は必ずしも形となって」

「努力は報われる」

 そんなことを偉そうに言っていた教師が居た。それは叶ったからいえる言葉だ。

 努力をしてもそれが結果として現れなければ、努力をしていないという烙印が押されるのだろう?

 誰もが、努力をすれば努力が報われるのであればどんなにいいだろうか。

 でも皆が皆、報われているわけじゃない。

 必ずだって? どうしてそんな無責任なことが言えるんだ?

 じゃぁ、「必ず」から外れてしまった俺はどうすればいいんだ。

 何もせず早々にあきらめ、見切りをつけてきたわけじゃない。

 引き篭ることも閉じ篭ることもしなかった。

 ちゃんと、極限までの努力を施し、それでもダメだったから現実を見据えてあきらめたんじゃないか。

 それだけじゃ駄目なのか?

 目に見えた成果が見えない俺は……。

 俺は……、頑張ってないのか?

 マスターが居なくなった空間で、男はかすかに聞こえる柱時計の振り子が揺れる音を聞きながら唇をかみ締めていた。

 怒りでも、悔しさでも、悲しさでもない、訳の分からない、自分ではどうすることも出来なさそうな感情が腹の底から湧き上がってくるようで、でも決してその感情を外に出してしまってはいけないような気がして歯を食いしばる。

 店内に流れていた音楽もいつの間にか消え、レコードがから回る音だけ振り子時計の音と一緒に響いていた。

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