スプモーニとモスコミュール

 眠らない街も、朝日が差せばおやすみの時間となる。

 今が一体何時なのか分からないほどに明るい街も、本物の太陽の明るさには負けてしまい、光りから逃げるように店は一軒また一軒と重たいシャッターを閉めて暗闇の世界に戻っていく。

 しかし、そんな自称眠らない街に本当に眠ることの無い店が一軒あった。

 それは陽の光が照らしても闇の中にあり、訪れる者がそれこそ今が一体何時なのかと首を傾げる場所にある店。

 営業時間は二十四時間いつでも。

 しかし、誰でも訪れることが出来るわけではない。

 そんな限られた店に明け方の徐々に明るさを増してくる街を走り、はぁはぁと息を切らせ、肩を上下に揺らしながら眠らぬ店に迷い込んだ一人の男。

 ゆっくりと開いていく自動ドアに体を差し込むようにして中に入り、ドア近くに置いてある観葉植物に身を隠し、背中を壁につけ荒い息をしていれば、

「いらっしゃいませ」

 と、いつも通りのマスターの声が響き、男はびくりと体を揺らして声のした方を睨み付けた。

 これでもかというほどの視線を送ってきているが瞳には怯えが見える。マスターは笑顔を絶やすことなく男を見つめ、掌を上にして左から右へ、店の中を五本の指で指差すようにして男に言う。

「どうぞ、お好きな席へ」

 マスターの言葉に瞳を見開き、足元は少し震えながら男は喉奥から絞り出すようにマスターに向かって怒鳴った。

「う、うるさい! ドアを、いや、店を閉めろ!」

 理不尽な言い分にもマスターの笑顔は崩れない。

 それどころか、さらに笑顔を向けて男の言葉を繰り返す。

「店を、ですか?」

「そうだ、言う通りにしないと、お前も……、殺してやる」

「そうですか。まぁ、閉めろというなら閉めますが、今先ほどから二十四時間は貴方以外のお客様が来ることはないと思いますが」

 鈍く揺らめき震える刃先をマスターに向けてくる男に、少々ため息混じりにマスターは自動ドアをロックする。

「これでよろしいですか?」

「よ、よし、次は……」

 男が次の命令をマスターに向かって吐き出そうとした時には、すでにマスターはカウンターの中。

 慌てた男はカウンターに近づき怒鳴りつけた。

「好き勝手するな!」

「これは妙なことをおっしゃる。ここは私の店、私が何処でどうしようと勝手でしょう? まぁ、貴方がきちんとしたお客様であられるなら態度を改めてもいいですが」

 笑顔は絶えないがその言葉には怒りにも似た強さがあり、男は何故か腰が引けてしまったが引き下がるわけにはいかないと掌を握りしめてマスターに噛みつくように前のめりに震える言葉を吐き出した。

「お、俺はついさっき人を刺してきたんだ。一人も二人も同じだ。言うことを聞かないと……」

「またまた妙なことを。一人も二人も同じですって? おかしなことをおっしゃる。一人は一人であり、二人は二人でしょう。同じではありませんよ」

「そういう意味じゃねぇ! この野郎、俺を馬鹿にしているのか!」

「いいえ、馬鹿にしているのではありません。馬鹿だと思っているだけです」

「なっ、何だって?」

 男の赤黒い刃物に怯えるどころか、大きな声で笑い、さらには馬鹿だと言ってのけたマスターに男はどうしていいかわからなくなり、震えていた手も止まる。

 目がきょとんと狐につままれたようになっている男の目の前に明るい夕焼けのような橙色をしたグラスが置かれた。

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