私は彼が変わらず、本当にまるで変わらず好きだった。でも私は女である自分をさらけ出すのは恥ずかしくて、彼に会って抱き着きたくても抱き着けないし、キスをされるのも、肩を組むのも、手を繋ぐのも恥ずかしくてはぐらかしてしまう。

 私にとっては恥ずかしさでも、彼にとってそれは拒否と映った様子。彼の気持ちが冷めていれば尚更そう思ったのかもしれない。

 砕かれた心は重々しくて、どうしてなのかと彼を問い詰めたかったし、泣き叫んで別れるなんて言わないでと言いたかった。

 でもそんな事出来るわけ無いじゃない。

 なぜなら、私のプライドが許さないわ。

 黙って頷いて席を立った私は、彼が初めてプレゼントしてくれて、それから一度だって外した事のない指輪をその場で外して彼に叩き返した。

「売りはらって新しい彼女とのデートの足しにでもすればいいわ」

 言い放つ私に彼はぽつりと呟いた。

「君は変わってしまったな……」

 背を向け背筋を伸ばして歩き去ろうとした私の足が一瞬止まる。

 唇を噛み締め、鼻でゆっくりと深呼吸をした。

 湧き上がってくるのは悲しさ、悔しさ、怒り。様々な不の感情が私の中を駆け巡る。

 噴出しそうな感情と涙、「ふざけないで! 」そんな叫び声を奥底へ押込める為に私は深呼吸をしていた。

 私が立ち止まったのは恐らくほんの一瞬。

 けれども私の中では数十分その場に一人で佇んでいたように思う。

 いつ動き出すのだろう? 自分でもそう思い始めた時、彼の大きなため息に押されるように私は出口に向かって再び歩き始めた。

 「君は」と。まるで自分は悪くないように言うのね。

 「変わってしまったな」ですって。変わってしまった? 何処が変わってしまったと言うの。じゃぁ、貴方は変わってないとでも言うの。

 私は変わっていない。変わったのは貴方。

 一生懸命な私が好きだった貴方が、一生懸命でない頼りない可愛い女を好きになっただけ。

 一体貴方は私の何を見ていたの? 本当に私を見ていた? やっぱり男は自らの自尊心を守る為に自分より優れている女を嫌うのね。

 そうね、私は美人でもないくせに可愛げまでない、ただ一生懸命が取柄のつまらない女だもの。

 息をつまらせ、指の間から未だ涙をこぼし続ける女は下を向いたまま。

 恥かしさやプライドなどと言うものは微塵も感じさせないほどに大きな声で嗚咽し寂しげに言葉をこぼす。

「変わってしまった? そう? 変わって無いわ、私はまだ泣き虫よ」

 震える女の頭に優しくふわりと大きなタオルがかけられる。

 女は顔を覆っていた両手をどけ、下を向いたままかけられたタオルを顔面に巻きつけるようにして更に顔を隠した。

 タオルを持ってきたのはマスターで、女はタオルの間からマスターを覗き見るようにして言う。

「情けはいらない、そう言いたい所だけど、今の姿じゃ格好にならないわね……」

「情けでは無いですよ」

 かわいそうな女をいたわって出してくれたタオルだと思った女だったが、マスターは首を横に振った。

「それで綺麗に汚れを落としてください」

「あぁ、そうね。涙で化粧がぐちゃぐちゃ」

「いいえ、そういう意味ではありません。気づきませんか?」

 頭からかぶった大きなタオルと、そっとカウンターに差し出された濡れタオルで涙を拭い、自分の鞄からメイク落としのコットンを取り出した女は首をかしげた。

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