「情けない。男の言葉にこんなに涙を流したりして……。あの瞬間でも堪えることが出来たのに」

 数時間前。

 女は職場の同僚でもあり、恋人でもあった男に指輪をたたき返してきたところだった。

 私と彼が出会った時、彼は先輩だった。私は会社に入ったばかりで年上の彼が私の教育係。

 右も左もわからず、何も出来ない私に仕事を教えてくれる先輩として彼は私の中に存在していた。

「一生懸命な君が好きだ」

 そう彼に言われ、私も彼がそう言ってくれる少し前から彼が好きで二人は頬を赤らめながら付き合始める。

 取り立てて美人でもない、ごく普通の容姿に体型をしていた私。

 自分の事はよく分かっていた。だから私は彼が好きな一生懸命な自分であろうした。

 後ろを振り返らず「頑張れ、頑張れ。頑張りなさい」と自分自身に言い聞かせて。

 でも、何時の頃からだろう、何故か彼との間に小さな歪が見え隠れするようになる。

 私は変わらず彼が好きだった。だから、歪みが生まれたことは私の一生懸命が足りないのだと思った。だから……、より一層頑張った。

 そうして、私が頑張って行けば、いつの間にか彼は私の部下になっていた。

 歯車が完全に狂いだしたのはその時からかもしれない。

 付き合い始めたころから電話もメールも、私からすることは無く、彼からのメールや電話に私が応えると言う形だった。

 別に彼とメールや電話をしたくないわけじゃない。ただ、その行為はなんだか男に寄りかかっているようで。

 彼を頼る前に自分で何とかならないか、彼は一生懸命な私が好きなのだから頼っちゃいけない、まだ頼る時じゃないと懸命になってしまっていた。

 女の身でありながら、古株の男達を追い抜いてく私の姿は男のプライドを傷つけるのだろう。

 陰口ならまだ可愛いけれど、少しのミスをすれば男は堂々と私に言い放つ。

「女の君には荷が重いんじゃないか?」

「女のくせにしゃしゃり出るからそうなるんだ」

 そう、何度と繰り返される男のプライドを守る為の言葉。そうして私は女だと言われるのが嫌になっていった。

 それでも、一人になれば誰かに頼りたい、誰かに傍に居てほしいと思う。

 何度となく携帯電話をとりだして彼に連絡しようと思った。でもそれをしなかったのは、私は彼の好きな私で居たかったから。

 君もやっぱり女なんだなって言われるのが怖かったのもあるかもしれない。

 私が一生懸命で居る限り、彼は私を好きで居てくれる、そんな馬鹿馬鹿しいことをその頃の私は本気で思っていた。

 他愛のない事でも頻繁に連絡をくれていた彼が電話をしなくなり、そのうちメールも来なくなる。普通の女ならきっとどうしたんだろうと思うだろうけど、私は彼が変わらず好きだったから彼もそうだと思い込んでしまった。

 そうして、連絡が無くなって数ヶ月。呼び出されたラウンジで彼が言った。

「君は僕じゃなくても。僕が居なくても生きていけるよ……。でも、彼女は違うんだ」

 妙な時に勘が良いっていうのも困りものね。

 その一言で彼が何を言いたいのか分かってしまったし、今までどうしていたのか、今後どうしたいのかまで全部把握できた。

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