バランタイン

 賑やかな繁華街。

 今が一体何時なのか、それすら分からなくなるほどに、人工的な光で明るく照らされる道路には無数の影が行きかっている。

 大きな通り、そこではいかがわしい、怪しげな店への呼び込みの声がこだまする。

 決してその人が社長ではないのに社長と呼び止め、呼び子はたった数言かわすだけで、その者の好み思考を読み取って、言葉巧みにそれを誘い入れようとしていた。それだけではなく、当然の事ながら飲食店も多数立ち並び、その大通りには笑い声と同居して怒鳴り声も賑やかに、様々な音と声が乱れ飛んでいる。

 そんな賑やかで、ともすれば煩いとも感じるその場所から一つ路地に入ったならば、何故か足は勝手に更にもう一つ、路地を入っていく。

 誘われるように、こんな場所に道があったのかと誰もが首を傾げながら歩を進め、その場所にたどり着いてみれば、煌びやかな表通りとは異なった、じんわりと、どちらかと言えば暗闇が主な世界となっているBARがあった。

 誘われるままにやって来たその人は看板の明かりに頬を照らされながら、呆然と店の入り口に立つことだろう。

 人があふれる大通りからやってくればなおの事、人気のなさに驚き、また、何故自分がこんな店の入り口に居るのだろうかと戸惑う。

 その店は、別に大きな看板を掲げていないわけでもないし、大通りと同じく、ネオンで丁寧に作られた小さ目の看板が、何故か神々しさを感じるように輝いている。

 だが、その人がその瞬間ではなく、何かの間違いでこの路地に入り込んだとしてもこの場所に店があると気づくことは無いだろう。

 店に気付けるのは多くの人間がひしめく街でたった一人、運命の時に導かれた者のみ。

 どうしてたった一人なのか?

 別に、どこぞのタイヤメーカーのガイドブックに載っている超名店でも、知る人ぞ知ると言うわけではない。

 店主がもったいぶってそのようにしているわけでもない。

 初めから、いつからだったか、遠く忘れてしまうほど昔からそうだったのだ。

 訪れる選ばれた一人の為に開店し、一人が去れば再び選ばれた者が訪れるまで閉店する。常識では考えることのできない店。

 そんな店に今日もまた一人の客が訪れる。


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