第10話
「私は特別扱いしてほしいとも思ってないし、だからといって普通に扱ってほしいとも思ってないの。だって私の見た目がそこらの健常者と違うのは事実であり現実、当然の事なんですもの。それを普通に接して扱ってって言うほうがおかしいでしょ? だからといって、特別にしなさいともいえないわ。『どうしてあげたいか』は相手が考えることだし、『どうしてほしいか』は私が相手に伝えなきゃいけないことだもの」
いきなり何の話が始まったのかと思ったが、彼女の言葉は酷くもっともで僕は頷きながら同意を表す。
「まぁ、そりゃそうだね。だけどなぁ」
「何?」
「どちらの立場でも、伝えるって難しいんだよ」
「そう、そうなのよ。だから自分の気持ちを伝えることも、相手が伝えてくれることもなくって、仕方なく相手の雰囲気に私が合わせていたんだけど、佐々木君は違うのよね、なんていうか新鮮な感じ。自然体で居られるっていうか。今日だけは琢磨に感謝したい気分だわ」
「僕は恨み言を言いたい気分だけどね」
いったい何がそんなにうれしいのか。
僕が、わけがわからないという顔をしていると多々良は小さくため息をついて自分の白くにごったような瞳を指差した。
「これね、琢磨はずっと自分のせいだって思っているんだ。だからこうして事あるごとに何か品物を持ってくるの。今日は私の誕生日だからって事だろうけどね」
「都築先輩が情に訴えるという卑怯な手を使って『幸が楽しみにしているのになぁ』なんていって僕に持ってこさせたんだけど、別に楽しみにしていたって感じじゃないね」
「責任感からの贈り物なんて楽しいわけないじゃない。それに都築って聞けばおばさんはあの態度だし、暫く機嫌が悪いのよ。どちらかといえば私はもう放っておいてほしいんだけど琢磨にはそれがわかんないんだよね」
「それ、見えているの?」
「片目だけずっと雲の中にいるような感じかな」
「だったら仕方ないんじゃない? 責任感じても」
「本当に琢磨のせいならね。でもあれは事故みたいなもんだし琢磨は直接的には関係ない。私の目は時限爆弾を抱えているようなものでこういう状態に遅かれ早かれなったものだし、それが少し早かっただけだもん」
聞けば、小学生の低学年から視力が極端に落ち、検査の結果先天的な瞳の病気を患っていることがわかったらしい。
個人差はあるものの徐々に瞳の形が変わっていく病で、進行が止まる人もいれば急激に進むものもいる。
治療法はいくつか海外ではあるのだが日本ではまだ導入されていないし、根本的な原因というものがわからないらしい。
この病の厄介なのは視力の低下もそうだが、瞳の形が変化することで水晶体に近い部分が破れ、体液のような物質が入り込み黒目の部分を白く変化させてしまうこと。それは突発的でありいつそうなるのかは本人にも医者にもわからない。ほんのわずかで黒目にかからない部分であれば視力には問題はないが、多々良の場合はそれが全体に広がってしまい、片目はいつも濃い霧の中にいるような感覚なのだそうだ。
多々良の母親は幼いころに亡くなっている。父親のことは誰も教えてくれないのでよくわからないのだそうだ。
母親の妹である叔母さんに育てられてきた多々良。
叔母にとっては姉の忘れ形見であり大事な子供。
それが三年前に都築に誘われ遊びに出かけて帰ってきたときには瞳が白くなっていた。当然といえば当然の成り行きで叔母は都築を責め、うらんだのだという。
「不安がなかったわけじゃないし、当然落ち込んだりもしたけど、こうなるかもしれないって可能性が出た時点で私は毎日を精一杯、見えなくなっても、それはそれで気持ちを切り替えられるように生きているつもりだった。だから逆に片目だけで、もう片方は視力が残ってるからちょっとラッキーだったと思ったくらいなのに周りはそうじゃなくって。琢磨もおばさんも商店の皆も何かしらの線を引いちゃっているのよね。はれものを扱うというかそんな感じ」
「それは当然のことだろ? 今までと違うんだから今まで通りと言うわけにはいかない。さっき自分でも言っていたじゃないか。普通って一番難しいんだよ」
「あら、でも佐々木君は違ったわよ。まるで線を引かないんだもの」
「それも当然のことだろ? 僕は多々良幸という人と始めてあったし、都築との事も知らない。線を引こうにもどこに引けばいいのかわからない状態じゃないか」
「そうやっていえるのが凄いのよ。会った事がなくて琢磨との事を知らなくても、片目が真っ白な女を見れば一瞬にして誰もが自分とは違うものとして線を引くものだもの」
「わからないな、その感覚は」
「だから凄いといっているのよ」
多々良は満面の笑みでそういったが、僕は自分が凄いなど到底思えず、どちらかといえば馬鹿にされているような気がしていた。
しかし、多々良はそんな僕の気持ちなど知らないで僕に携帯電話を出させ、勝手に赤外線通信で連絡先を交換してしまう。
「ねぇ、また来てよ」
「嫌だよ。言っただろ? 面倒は嫌いだって。君のおばさんに睨まれるのは御免だよ」
「別に店に来てって言っているわけじゃないわよ。ここで会いたいって言っているの」
「嫌だ」
面倒は嫌だとこれほど言っているのに何を言い出すのかと、僕は立ち上がった。
さっさとこの場を去ろうと多々良に背中を向け、ふと気付いて多々良の方に向き直る。
「ちゃんと届けたってこと、連絡しといてくれるんだろうな? しないって言うなら一筆書いて欲しいんだけど」
「しといた方がいいの?」
「当然だろ。あの人、僕がちゃんと届けたといった所で信じないだろうし」
多々良は少し考えた後、分かったと返事をし、それを聞いた僕はくれぐれもと念を押してその場を立ち去った。
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