第9話
「ずっと呼んでいるのに気付いてくれないし、歩くの早いし。どうしようかと思っちゃった」
別に僕が悪いわけじゃないのに、まるで僕が悪いみたいないわれ方に少々むっとして振り返れば、脇に抱えてどこかに連れて行けそうなくらいに小さく、ふわりと軽くウェーブの入った長い髪の毛をした女子がそこにいる。
訝しげに眺めていれば女子は僕から少し後ろに下がって頭をぺこりと下げた。
「さっきはおばさんがごめんなさい」
さっきのことで謝られるようなことといえば一つしか思い当たらない。
「おばさんって、さっきのコーラルの人のこと? ごめんなさいって言うってことはさっきのはやっぱり僕は悪くないってことだよね」
「そうには違いないんだけど、なんだか棘のある言い方ね」
今度は女子のほうがむっとした口調になって顔を上げる。
整った顔立ちで身長は低いが均整の取れた体つき、パッチリとした瞳の右側は白くにごった目をしていた。
僕は機嫌を損ねたような女子の目の前に手に持ったままだった巾着を差し出す。
「コーラルの従業員なのか何なのか知らないけど、僕はこれを届けるように言われただけ。そっちの事情も知らない、本当に届けてくれと頼まれただけで、責められるのはお門違いだと思っているんだから棘が出ても仕方が無いだろ」
「そりゃそうね。でも都築って名前をこの商店街ではあんまり出さないほうが良いわ。制服でうろうろするのもね。琢磨は何も言わなかったの?」
「琢磨?」
「都築琢磨。それ琢磨に渡してくれって頼まれたんでしょ?」
そういえばそんな名前だったと女子に言われて思い出した。
基本的に人の名前を覚えるのは得意じゃない。それが関心の全く無い人間ならなおさらだ。
「頼まれたって言うよりも強引にやれと命令されたに近いな。誰だか知らないけどコーラルの関係者ならさっさと受け取ってくれるとありがたいんだけど」
僕の態度に呆れたのか一瞬驚いたような表情を見せた女子は、少し微笑みながら巾着を受け取った。
「私、多々良幸。コーラルの関係者って言うより、その巾着の届け先よ」
「だったらさっさと受け取ってくれないか。面倒はごめんなんだ」
「ちょっとそこの丘の上まで付き合ってくれたら受け取るわ」
なんだろう、僕はこういった人種を引き寄せてしまう天才なのだろうか。
そんな面倒なことはしたくないさっさと受け取れというが、多々良幸という女子はだったらついてきなさいと前を歩いていく。
仕方なくついていけば、その路地は今まで僕が歩いたことの無い路地で、右に左にと曲がり一人で帰れるのだろうかと心配になり始めたころには、周りは建物の壁ではなく自然な獣道のようになっていた。
背の高い木が日光をさえぎって薄暗い土の道を多々良について行くと、突然木々が無くなる広場のような場所に出る。
草木の緑がまぶしく、先ほどまで街中にいたとは思えないほどに広がる自然に驚きつつ周りを見渡せば右手に商店街、目の前に学校、その奥に寮が見える。
「どう? ついてきてよかったでしょ」
得意げに笑ってみせる多々良は広場の草の上に何も敷かずに座り込み、その隣の地面を手のひらでとんとんと叩く。
どうやら僕に座れといっているようだが、僕としては早く巾着を受け取ってこの場から去りたい気分だった。
巾着を渡すために隣に行き、座ることなく多々良の目の前に巾着をぶら下げる。
「約束通り受け取ってくれるんだろう?」
「もちろん、でもその前にちょっとぐらい話をしようとか思わないの?」
「店であったことを知っているなら聞いていただろ? 僕は面倒なことは嫌いだしかかわりたくないんだ」
「気にならないの? 琢磨のことやおばさんの態度とか」
「僕が気にしてどうにかなる問題なのか? 何度も言わせないでほしいな、面倒は嫌いだ」
「やっぱり変わっているね」
含み笑いをしながら言う多々良の態度は僕の機嫌を損ねるには十分だった。
何とどう比べて変わっていると言いたいのだろうか。
「君も同じじゃないか。初対面に対してその態度、十分変わっている。それに何を基準にしてそういうのかは知らないけれど、変わっていない人なんていないでしょ」
僕は半分嫌味のつもりでいったのだが、僕の言葉に多々良はなんだか嬉しそうに口角を持ち上げて微笑んでいる。
「じゃ、気にならなくて良いから聞いてほしいって言ったら聞いてくれる?」
正直、面倒だと思った。
嫌だという言葉が口のすぐ近くまで出てきていたが、見上げてくる多々良の口元に笑みが浮かびながらも瞳はすがるような、突き放してはいけないような雰囲気に仕方なく「聞いてほしいなら」と言って隣に腰を下ろす。
「私に出会うとね、その人は皆まずちょっと困ったような顔をするの」
てっきり都築の話が始まるかと思えば、まったく違う内容に聞き耳を立てつつ「ふぅん」と相槌を打った。
「ふぅんって、どうしてだかわかるでしょ?」
「さぁ、背が小さいからとか? それともそう見えて実はもう三十路行っていますとか」
「確かに背は小さいけど三十路は無いでしょ、十七歳よ。そうじゃなくって私の目。片方真っ白けでしょ、だから初めて見るとちょっと躊躇しちゃうのよね」
「あぁ、そういうこと。まぁそうかもね」
「貴方は……。ってまだ名前聞いてなかった」
「佐々木敦巳。言っておくけど都築先輩とは全くの初対面だったし、名前を聞いても誰だっけ? って思うほどに親しくないから色々知っている体で話したり、知り合いとは思わないで」
念を押すように言った僕の言葉にわかっていると多々良は笑顔で答える。
「佐々木君は違ったよね。私を見て挙動不審に瞳が動かなかったし、見た目なんて本当に気になってないみたいで。私の基準は初対面で私をどう扱ったら良いんだろうって戸惑う人が普通で、そうじゃない人は変わった人なの」
「人の見た目はそれぞれだろ? 同じ見た目の人間がいるわけでなし。それがたまたま片方の目が白かったってだけだし。で、君はそんな詰まらない自分の基準で僕を変わったやつ扱いして、自分のことを特別扱いしてくれない僕にも特別に扱わせようって言うの?」
「本当に変わっているわ。すっごくはっきりものを言うのね」
こんな言われ方をすれば気分を害するかと思ったが多々良は瞳を丸くしてきらきら輝くような、嬉しそうな表情で僕を見つめ返していた。
僕のことを変だというが、自分だって十分変じゃないか。
そんなことを思いながらため息をつきつつ僕は明るく瞳を輝かせる多々良を見る。
「これでも人見知りなんだよ」
「嘘! 全然違うでしょ」
「僕は他人を観察するからね、僕の基準は僕自身がその人を苦手であるかないか。苦手な奴にはトコトン何も言わないし、そうでない人物でも僕は人を見て態度を変えるんだ」
普通の人なら「最低」と言って汚いものを見るかのような視線を送ってくるだろう言葉にも、多々良は関心しか無いといった風な輝く瞳で見つめてきた。女子でこういうタイプは初めてで、僕はちらりと時計を見る。
「いったい多々良幸さんは僕に何の話があるっていうの。僕としては用事が終わったらさっさと帰りたいんだけど」
僕の言葉に多々良は小さく息を吸い込んで「そうね」と微笑んだ。
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