第8話
放課後。
今週、僕は幸いなことに下駄箱の掃除当番。
いつもなら掃除をしてから鞄を取りに教室に戻るのだが、今日は教室に戻るという行為や、その途中で厄介な連中に会ったりすると面倒だと鞄を持って掃除に向かった。
この選択はかなり良かったようで、校門を出るまで何かやってこないか緊張していたが、何事もなく学校を出て学園通りにやってきた。
学園通りはその名の通り、校門からまっすぐ駅に向かって伸びる道のことを言い、そこは大規模ではないが何軒かの店が立ち並ぶ商店街となっている。
当然のことながら寄り道は厳禁、学校への通学路として存在している学園通りで制服のまま店をうろつくなどとんでもないことだ。
普通の学校ならこれくらいなんてことはないのだろうが、なにせ部活動命の学校だから、部活動を行っている時間に遊んでいるなどもってのほかと思われている。
本当になんて面倒な学校だろう。学生時代の楽しい思い出を作らせないつもりだろうか。
なんて思ってみるが、バイトも禁止の学校だから持っているお金は親から仕送りしてもらうお小遣いだけ。
しかも、うちの親は自分のころはこうだったと高校生にもなって月五千円という信じられない金額の小遣い。余計なことに使わないようにしなければ欲しい物は買えないし、本当に欲しい物を確実に絞って考え抜いてから小遣いを使わなければならない。だから、買い食いやちょっとした無駄使いなど決して僕がするはずがない。楽しい思い出なんて言って学園が寄り道を承諾してもきっと今と変わらないだろう。
つくづく、自分の性格が嫌になる。
ファストフード店や本屋、お金があれば誘われてしまいそうなさまざまな店があるが、僕はそちらに視線を向けることなく、都築に言われた「コーラル」という店に向かった。
薄い桃色の店の雰囲気はとてもかわいらしくて、僕のような男子が入っていける感じではなかったが、恥ずかしいからと頼まれたことをやらないわけにはいかない。
店に入ると少しおとなしそうに見える女の人が軽やかにいらっしゃまいませと声をかけてきたが僕の姿を見たとたん、その表情はあっという間に険しくなる。
「その制服」
そういったつぶやき声に、僕はただ(あぁ、寄り道禁止だからなぁ)と軽く考えていた。
「すみません。寄り道禁止なのは知っているんです。ただ今日は頼まれた用事があって」
「帰ってください」
僕がまだ話している途中なのにもかかわらず女の人は低く、まるで動物が威嚇をするように声を出す。
僕はそこで初めてこれは寄り道がどうのという雰囲気ではないと気付いた。
しかし、僕としても約束を果たさなければただのたかりになってしまうと思い、渡された巾着を女の人の目の前に差し出し言う。
「僕はこれを渡してきてほしいと頼まれただけです」
「どうせお金で頼まれたんでしょ」
「残念ですが、この件にお金は絡んでいませんよ。僕は都筑先輩に金銭関係なく頼まれただけです」
「あの坊っちゃんね。でも、都築がやること、何にも無いなんて考えられないわ。都筑なんて絶対にどいつもこいつも碌でも無い奴よ。そんなもの要らないわ、持って帰って頂戴」
どうやら、この人は都筑先輩にというより都築という者に良い印象を持っていないようだ。
まぁ、あの都筑の態度を見ればわからない気もしないでもないが、それを僕に当たられても困ってしまう。
「本当に頼まれただけです。だからこの中身が何であるとか、この場所、貴女、都築がどういう関係で事情であるなど興味もありません。ただの配達人なんです」
「さすが都築が使いに出させるだけあって、なってない態度ね。届け先の私が要らないって言っているし、ただの配達人だというのなら持ってかえって駄目でしたっていえば済む話じゃない」
「そういうのであれば、持ってきたものを受け取って貴女が返せば良いでしょう。僕は届けるようにといわれて持ってきただけでその後貴女の言うことに従えとは言われていません。それに都筑の事をよくご存知なら、持って帰って駄目でしたで済むとは思わないでしょう?」
あの都筑のことだ、素直に駄目でしたと言って素直にそうかというようなやつじゃないだろう。そうなればどんな面倒が降り掛かってくるか、たまったもんじゃない。僕にとって何よりも面倒ごとはごめんだった。
かわいらしい、女の子ならば甲高い声を上げてあれやこれやといいそうな雑貨が置いてある商品棚の少しあいている空間に巾着を置き、確かに渡しましたからといって店を出る。
すると、背中でしまったはずの店のドアが開き背中に何かをぶつけられた。地面を見れば置いたはずの巾着が落ちている。
「受け取らないって言っているでしょ! それ持って帰って都築にいい加減にしろって言っておいて頂戴!」
乱暴に閉められたドアの音を聞きながら、仕方なく巾着を拾い僕はため息をつく。
「面倒は嫌だって言ったのに」
巾着を拾った僕の耳に隣の花屋のおばさんの「また都築なの? 親子二代で凝りもせず」という呟きが聞こえてきた。
おそらく何かしらの事情を知っているのだろうが、今の僕にはそれらは知る必要は無いことだし、これ以上面倒に巻き込まれるのは御免だ。それに今はこの巾着をどうしたものかという問題のほうが重大だった。
「とにかく、こんな所誰かに見られたらたまったもんじゃないな。とりあえず寮に帰ろう」
そう思ってみたものの、花屋のおばさんだけでなく、都築という名前が出てからこのあたりの店の人たちの雰囲気がいまひとつになったのは確かで、素直に学園通りを歩いて帰る雰囲気ではない。
雰囲気もそうだが、誰かに会ったり見つかるのも厄介だと僕は花屋の前を通り過ぎ、先の路地のへと入っていった。
休みの日に出歩かないわけじゃないし、付きまとう知哉から逃れるためにこのあたりの路地は知り尽くしている。
まさかこんなことで使うとは思わなかったが路地を入って暫くすればさらに細くなり、そこを通り過ぎて右に行けば学園の裏手側に出る道に行き当たる。その路地が細くなる手前で後ろから僕は急に制服の背中をつかまれ声をかけられた。
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