第6話

 僕は、自分を知っている。

 勉強は中の下、特別得意な科目があるわけでもない。

 運動もそこそこ、笑われない程度の運動神経は持っているが飛びぬけて運動神経が良いというわけでも、運動が好きというわけでもない。

 人付き合いは悪くないと思う、でもそれは演じている僕であって本来の僕は人見知りだ。

 普通のサラリーマン家庭に育ち、一般的な母親に育てられ、ごく普通よりももしかすると下に位置するかもしれない、どこにでもあるような家庭と環境の中にある。

 夢や希望も全くない。ただなんと無しに流れていく時間に任せるように日々を生きていて、高校だって父親が学歴は必要だというからそのときの自分に見合った学力のこの学校に入っただけ。何がやりたいとかどうなりたいとか、そんな希望があって入ったわけではない。

 だが、「だから学校に行かない」という選択肢は僕にはない。

 今の僕は「学校に行ってやってる」のではなく「学校に行かせてもらっている」だ。

 学校に行くにも、極端に言えば僕という人間が生きているのは父親が働いて、給料という物を稼いでくれているから生きているようなものだ。

 僕は僕の立場を知っている。

 「正しく聞こえてつまらない」、都築の言い分はもっともだし自分でもそう思うから腹立たしいという感情は生まれてこなかった。

 ただそれ以上は話すのも面倒で、これ以上都築が僕に対して話しかけてこないことばかりを祈る。

 しかしその祈りが届くことはなく、僕が発している面倒の空気すら都築には届いていない様子。こっちを向けと散々言われて仕方なく嫌そうな顔を向ければ満面の笑みがそこにあり、その笑みの向こうには何かしらのたくらみが見え隠れしていた。

「いったい何なんですか?」

「あっちゃんは放課後暇だろう?」

「……暇じゃないですよ」

 少々むっとして返事をすれば大きな笑い声が聞こえてくる。

「学校が面倒だと思っているやつが部活動をしているとは思えないけどな。それに、部活をしていれば嫌でも俺の名前は知っているはずだが、俺が誰かも知らなかったんだろ?」

「知らなかったとしても、ちゃんと部活はやっていますよ、一応。この学校の決まりだし」

 そう、この学校ではなぜか最低でも一つの部活に所属していなければならない。

 そして複数の部活動に参加することが可能。部活動なんてものは自主性によって入りたければ入り、嫌だったら入らず帰宅というのが一般的な学校だろう。

 何がどうなっているのかわからないが、この学校はやたらと部活に力を入れいている。

 新しい部活を気軽に作れて、気軽につぶされる。

 部員が三人集まっていれば部として認められ、三人以下ならすぐに廃部となる。そのシステムのおかげで星の数ほどの部活が存在し、毎日何かしらの部活が生まれては消えている。

 入学してすぐに渡されるさまざまな冊子の中には部活紹介の冊子も含まれており、その少々分厚い冊子を眺め数多くある部活動の中から新入生は入学後一週間以内に自分の所属する部活を決めなければならないのだ。

 例外は認められない。ゆえに僕ももちろん部活動には参加している。

「どうせ、ホログラ部かゼロ部だろ」

 頭の上から声が聞こえ、僕はその声があきれた色をしていることに少々気分を害された。

 どんなに学校の決まりであっても当然のことながら、部活動に参加したい連中ばかりではない。

 遊びたいから早く帰りたいやつや、塾や習い事のために部活なんてしていられないという連中も居る。

 僕は、わざわざ放課後まで自分の自由時間を奪われたくないと思っていたから、部活動参加は迷惑千万と思っている連中の中の一人ということになる。

 そういう連中に重宝されているのが「ホログラフィー愛好部(通称ホログラ部)」と「ゼロ数学部(通称ゼロ部)」だ。

 ホログラ部もゼロ部も実際の活動は何一つない、部員も全員が幽霊部員だ。

 部活動の規定「必ず一つの部活動には所属すること」、「部活は三人以上部員が居れば成り立つ」この二つを逆手に取った形で発足された僕たちのような連中にとってはありがたい部活だった。所属人数はそこいらの部活よりもずっと多く、三人以下なら廃部と言う条件もホログラ部とゼロ部には関係ない話になっている。

「どうにかあの二つは廃部にしたいんだけどできないんだよなぁ」

 頭上でつぶやく都築の言葉に僕は心の中で、何もわかってない馬鹿な奴だ、と悪態ついた。

「まぁ、いいや。ちょっと頼まれてほしいことがあるんだけど」

 こちらの都合なんてものは考えていない、というよりも完全に僕が暇であることを見透かしたように上から巾着袋をぶら下げて、僕が手を出せばそこに向かって落としてきた。

「今日、ちょっと俺は忙しくてさ、悪いんだけどそれを学園通りにあるコーラルっていう雑貨屋に届けてくれねぇかな」

「学園通りですか、寮への帰宅路とは逆方向でしかも寮よりも遠い場所でしょ。制服での寄り道は禁止されているはずですけど」

「なんだ、あっちゃんは制服以外の服を持ち歩いてないのか。ホログラとゼロ部の連中は持っていると思ったんだけど」

 いい加減、堪忍袋の緒が切れそうだ。

 「こう」だから「こう」だろう。

 そういう決め付けは大嫌いだった。

 先ほどからホログラ部だからとかゼロ部だからと決め付けてくる都筑の考えに、眉間に皺を寄せ巾着袋をその場において立ち上がる。

「悪いけど、僕は学校に来ているから制服しか持ってないし、必ずそうだろうって決め付けは好きじゃない。第一、人の上から何か良くわからないものを預けて届けてくれって。それは人に物を頼む態度じゃないだろ」

「ただでは頼まれないってことか」

 僕の言葉の意味をどう捉えたのか、都築は舌打ちでもしそうな様子で呟き、僕はそういうことじゃないと言おうと口を少し開いたがすぐに考え直して口を閉じた。

 こういうやつには何を言っても無意味。都築は母さんと同じような人種だ。

 もう屋上って言う憩いの場にくることもないだろうとドアノブに手を伸ばせば、都築が「待て」と制止し梯子を降りて僕が置いた巾着を手に取る。

「OK、交換条件をつけよう」

 またしても勝手な言い分だ。いったい何時交換条件が必要だと僕がいったのだろうか。

「屋上の鍵をくれてやる」

「いらないよ。もう屋上にはこないことにしたから」

「面倒なやつだな。じゃぁ、何を見返りにやれば届けてくれるんだ」

「見返りがほしいなんていってないし、交換条件を求めても居ない。ただ純粋にあんたのお願いを聞きたくないだけ」

 少々困惑したような表情をした都築に、こいつには僕の言っている意味がわかってないんじゃないかと思った。

 それと同時に、いったいこいつは何者なのだろうとわずかに知っているような感じのする記憶をあさっていた。

「困ったな、今日は約束の日だし」

 考える僕の横でなにやら都築がぶつぶつと言葉を吐き出し始める。

「届かないとわかったら幸も悲しむだろうな。きっと楽しみにしているはずだ。でも俺はどうしても今日はいけないんだよな、どうしたもんだろうな。本当に」

 明らかに、今言う内容ではないし聞かせるために喋っているというのがバレバレだ。

 僕は、いまだになにやら呟き続ける都築の方へ向き直り、大きなため息をこれ見よがしについて睨み上げた。

「情に訴える作戦はもっとも卑劣な方法だと思いますけどね」

「ただの独り言だけど? 訴えているって思ってくれたってことは少しは良心の呵責がってこと?」

 ここまでいけばある種の才能といっても良いんじゃないだろうか。

 自分に都合よく解釈し、自分に都合の良いように人に対する。こういうところは久兄にそっくりだ。

 だから僕は都築に一つの条件を出した。

 自分に都合よく物事を解釈する人間は、自分の思っている通りにことが進めば安心し、そして満足する。

 都築には何かしらの交換条件を出し、それを承諾した上でことを任せるという事柄が一番良いんだろうと結論付けた僕は、別に望んでほしいわけではないが、屋上の鍵の所有権をいただくことにした。

 ついでに、僕が使っているときは決して屋上に都築が来ないことも約束させた。

 都築は「別に誰がいたってかまわないだろう」と言ったが、僕にとってそれはとても重要なこと。

 特に都築のような人物はごめんだった。

 巾着袋と鍵を僕に渡して絶対に届けろよと念押ししてくる都築の声を背中に、僕はそれ以上の会話をするつもりなどさらさらないのでさっさとその場を後にした。

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