第4話
僕よりもずっと体格がよく、頭ひとつ分ぐらい身長も高い。
足元を見れば三年生を示す緑色の上履きを履いている。
どこかの運動部に所属してそうな体つきの男子に僕は、力では完全に勝てないだろうと算段をつけ、少し申し訳なさそうに眉を下げてとりあえず謝罪の言葉を口にする。
「ごめんなさい、勝手に使っていたことは謝ります、でも盗んだわけじゃないんです。この鍵はそこの隅で拾って持ち主が来たら返そうと思っていました。本当ですよ」
「はっ、どうだかな」
相手が上級生ということで一応敬って丁寧な言葉を選び、頭を下げながら鍵を差し出す。
その鍵を奪い取るように受け取った男子がはき捨てるようにそういい、僕は唇の端を彼にわからないようにほんのわずかに引き上げた。
僕は彼が現れたことに驚いた反面、それが生徒であったことが喜ばしくもあった。
なぜなら、もし教師であるならその鍵を持っているのは当然であり、それを無断に使った僕は有無を言わさず職員室に連れて行かれただろう。
でも、彼は違う。
彼は制服を着たどう見ても生徒だ。睨み付けるように見下ろしてくる彼に向かって僕は少し瞳を上目使いして言う。
「でも、拾ったのが僕でよかったでしょ?」
「なんだと?」
「僕はたまたまここでこの鍵を拾ったけど、貴方はいったいどうやってその鍵を手に入れたっていうんです? 先生が一個人に特別に鍵を渡してくれるとは思えないし、部活動でって言うなら貴方一人でここにやってきたりしないでしょう?」
僕は彼の顔色を伺いながら言葉を並べた。
もちろん、先生が個人的に貸したということも考えられるし、絶対的な何かがあったわけではない。しかし威勢よく睨み付けていた彼の瞳は徐々に気まずそうに視線をそらしていく。
(やっぱりね)
予想は的中した。
どうやって手に入れたかは知らないが、明らかにこれは学校側の了承を得て作られたものではないということは確実だ。
僕は微笑みながら少し背伸びをして彼の肩に手をかけた。
「そうですね、黙っておいてあげますよ。僕も使ったことだし」
「ほ、本当か?」
「そのかわり、僕にもその鍵を使わせてください」
「人の弱みに付け込もうってのか?」
「あぁ、そういう感じ方もありですね。うん、そうですけど悪いことじゃないでしょ? 別に断っても良いですよ、強制はしていませんからね」
「渡さなかったら喋るんだろ、強制しているようなものだろうが」
「喋られてまずいと思うようなことをしているのは貴方であって僕じゃない。どうするのかを決めるのは貴方で選択権は貴方にあるから強制でもない」
僕は基本的に利用できるものは利用するタイプ。
それは僕の今までの人生の中で身に着けた合理的であり利口な方法だ。
僕は久兄や知哉のように勉強ができるわけでもない、だからといって品行方正で居ようなどと思ったこともない。
そして、だからといって自ら悪事の中心に居ようなどとは思わない。
そう、いってみればこの妙な部分での頭の回転の良さと口の上手さが、勉強もできない容姿も人並みの僕の武器とも言える。
彼は少し考えた後、小さくため息をついた。
「お前、どうしてこれがほしいんだ」
「そんなの決まっているじゃないですか、屋上に入ることができるからですよ」
「だから、どうして屋上に入りたい?」
「僕は貴方にその質問を返したいですね。どうやって鍵を手に入れたのか知らないけれど、態度を見ている限りほめられた方法で手に入れたってわけじゃないでしょ。どうしてそこまでして屋上に行きたいんです?」
僕の言葉に彼は少し困ったような顔つきになり、天を仰いだかと思えば下を向き、こちらをちらりと見つめて口をへの字に曲げる。
言いたくないという感情が体全体からわきあがっていた。僕はこんなだから人の気配や気持ちを感じ取るのが得意だ。でもあえて今回は彼のそんな気持ちを無視してじっとその表情を眺める。
「貴方が言えば僕も理由を言うことにします」
その一言で観念したのか、「笑うなよ」といかにもらしい前置きをして横を通り過ぎ、僕から奪い取った鍵を鍵穴にさしてドアを開いた。
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