第3話
以前まで屋上は生徒たちが自由に出入りできたのだが、少し離れた場所にある学校で屋上に設置してある天窓が割れる事故があり、それ以来屋上へ続く扉には鍵がかけられていた。
でも僕はある日の偶然その禁じられたはずの屋上の扉を開く方法を見つける。
その日は知哉や久兄、それにほかの連中から逃げるように校舎の北側に位置する今ではもう誰も来なくなった階段最上階の踊場で屋上への重い扉に背中を預けるようにぼんやりと座り込んでいた。
学校に来るのが嫌というわけでもないし、学校の連中を嫌いなわけでも、いじめを受けているわけでも、嫌われているわけでもない。逃げるようにやってきたのは付き合いが面倒だと感じたからだ。
僕には時々こういう気分になるときがある。
何が嫌というわけでもない、かといって良いというわけでもない。すべてが面倒でうっとうしく、そして疲れる。
学校という場所で人の居ないところを探すのは容易なことではない。簡単そうに思えるが必ず何かしらの人の気配が付きまとうのだ。
だがこの屋上へ続く階段と踊場は屋上に入れなくなってから唯一誰も絶対に来ない場所。幾度となくこの場所にやってきたがいつでもこの場所は静まり返っていた。
扉に背中をつけて階段に向かって腰を下ろした僕の視線は階段から踊場の隅へと移る。校長先生が綺麗好きで暗黙の了解でなのかそれとも、消防から何かしらの指摘があったのか、どの階段の踊場も物置状態になっているということは無い。
そんな何も無い空間に目をやったとき、何も無いはずの場所に何かが落ちているのを見つけた。
眼鏡をかけるほどではないが少々視力が悪い僕は一瞬それが何かしらの虫に見え、いったいこんなところに何の虫だろうと恐る恐るゆっくり近づく。しかしほんの数歩近づいた時点でそれが虫ではなく鍵であるのに気付いて手に取った。
僕の家の薄汚れた鍵とは違い、鍵を覗き込む僕の瞳がそこに映し出される。
「新しい鍵? 誰かが落としたとか?」
そう考えて僕は眉間に皺を寄せた。
ここで誰かが鍵を落としたということはこの場所に僕以外の誰かがやってきているということだ。
なんだか嫌な気分になりながら職員室に届けようと振り返って足を止める。
職員室に行けばきっとどこで拾ったのかと聞かれるだろう、別に決して来てはいけないと禁止されている場所ではない。けれどなんだかこの場所を答えるのは嫌な気がした。
いったいどうしたものだろう、面倒なものをわすれていってくれたものだとため息をついた、僕の目の前に屋上への扉が映る。ドアノブの真ん中には鍵穴があり、僕は興味本位でその鍵穴に先ほど拾った新しい鍵を差し込んだ。
何の抵抗もなくすんなりと鍵穴は鍵を受け入れて、逆らわない方向へ回せば、かちんと錠が外れる音がする。
まさか本当に開いてしまうとは思わず、一瞬ためらったが僕はゆっくり扉を開き屋上へと出た。
体全体に当たってくる風がとても気持ちよく感じ、目の前に開けた風景はなんだか新鮮で、ゆっくり息を吸い込んで吐き出す。
誰も居ない屋上の空間がこれほどすがすがしいとは思わなかった。
だから、つい僕はその鍵をポケットにしまってしまった。
悪いことだというのは理解していたし、実際少々気もとがめたが持ち主が取り戻したければきっとここにも探しに来るだろうし、鉢合わせたらそのときに謝って返せば良いと自分に都合よく考えをまとめ罪悪感をしまいこんだ。
あれから数十回と屋上におとずれているが落とし主のような人、というかこの場所で自分以外の誰かに会うことはなく、僕は久兄や知哉、そしてそれ以外の人と接したくないときは必ず秘密の鍵を使って屋上に居た。
そして今日も屋上への階段を上り、ポケットからそっと鍵を取り出してドアノブの鍵穴に差し込んだ。
その瞬間だった。
「やっと見つけたぞ、泥棒」
突然聞こえた声と痛いほどに肩をつかんでくる手を眺め、さらにその手が伸びている先を見つめればそこには見たことない男子が一人居た。
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