第3話

放課後。家庭科室。暗くなってしまった窓の向こうを眺める。

手持ちの本を読みつくした私にできる、精一杯のことがそれだった。


「さぁ、おあがりなさってください!」


目の前には、皿、皿、皿。

フレンチトースト、パンケーキ、パフェといった、

いかにも女子が好みそうな品々が並ぶ。

いずれもレギュラーサイズで。


「さぁ、さぁ、さぁ、さぁ!」

「いや、そうせかされても、食べきれないものは食べきれないから……」

「そんな! 先輩なら必ずできます!」

「私の胃袋の何がそこまで信じさせるの……」

「そんなの、先輩がひまり様の親友だからに決まってるじゃないですか!」


私が所属するお料理研究会の後輩にして、ひまり信者の壇野ようらが、

ふんす!と胸を張って言い切る。

後輩と言っても、私は幽霊部員なので、今日初めて会った関係でしかない。


「ひょっとして……食べきれないんですか……?」

「最初からそう言ってるんだけど……」

「では! ひまり様とのお茶会はどうなるんですか!?」

「どうも何も、どれも美味しかったから、問題ないと思うけど……」

「そんな軽い気持ちでどうするんですか! 万が一にもひまり様のお口に合わない、

 なんてことになっては困るんです!」

「えぇ……」


今度ひまりに出すお菓子の味見係をして欲しい。

放課後、図書室の私にそう頼んで着た時から、この子は強引だった。


「そもそも、私はアイツの好みを知らないし」

「え! では何のためにここに居るのですか!?」

「それも図書室で言ったんだけど……」

「昼休みのひまり様とのお弁当! 放課後のひまり様とのスイーツ巡り!

 休日のひまり様との一日デート! ちゃんと思い出していただかないないと!」

「したこと無いから……」

「……!」


彼女は驚き、空いた口から力だけが飛び出る。

スイーツ巡りどころか、ひまりとは一緒に校門を出たことさえない。


「……親友という立場にありながら! ひまり様とのデートを! した事が! ない!」

「そもそも、一方的に絡まれてるだけで、親友だという認識が無いんだけど」

「なんと! なんと……奥ゆかしい!」

「え……?」


ぐっ、と拳を握り感じ入るようら。


「わかります! ひまり様はいわば太陽! 傍に居る者の心をとかし、育み、見守る!

 そんな方のお隣に居続けるそれこそが癒し! であるからこそ!

 あえてそれを断ち切り、ひまり様の木陰とならんとするその行動!

 さすがひまり様のご親友です!」

「わかってない」

「そうですよね! 木陰とは在り方……!

 自らの存在を主張することそのものが御法度……!」

「話を聞いてくれ」

「もちろんお伺いいたしますとも! ひまり様の影としての役割!

 そのお考えの隅から隅まで!」


恐ろしいことに、ひまりの学内での評価は概ねこれで正しい。

明るいクラスの人気者、カリスマを持ちながら万人分け隔てなく接する太陽。

ウザ絡み方言女小日向ひまりは、厄介な信仰を生むほどのスターだ。


「……私を参考にしなくても、壇野ちゃんのやりたいようにやるのが

 一番だと思うよ」

「なんと! 私のやりたいように、ですか……」

「そう。壇野ちゃんは、お茶会とか積極的にアイツと交流しようとしてるし。

 その心意気さえあれば、私の意見なんて要らないって」

「でも……それでも、万が一でも、ひまり様のご負担になってしまうのでは……

 と考えると」

「そう思うのは、ちゃんと大切にできてる証拠だよ」

「……そう……ですか?」

「そうだよ」


そう言って、ハチミツのたっぷりかかったパンケーキをほおばる。


「うん、おいしい。 大丈夫だよ。」

「……っ! ありがとうございます!」


そう言うと、ぱぁ、と元の笑顔に戻るようら。

どうやらちゃんと励ますことができたようだ。


それから、彼女は後片付けがあると言い、私を先に帰してくれた。

道すがら、家庭科室の甘い匂いを思い出す。


壇野ようらは、憧れた人に一生懸命向かい合う事のできる子なのだ。


口にはまだ、ハチミツのざらりとした食感が残っていた。

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戸ノ内こがれは俯かない 潜道潜 @sumogri_zero

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