第2話

教室。月曜午後一番の授業後の休み時間。

単語カードをめくり、次の時間の小テストに備えていると、隣の席から声をかけられる。


「旅行するなら、どけ行きたい?」


explore、探索

occupy、占領する

isolate、孤立

concentrate、集中する


「うちはなぁ、北海道がよかね、涼しいの好いとっけん」


annoy、いらだたせる


「なぁなぁ、こがれちゃんはどこがよか?」

「アンタは折れるという事を知らんのか」

「知っとるよぉ、いまのこがれちゃんのことやろ」


ニッ、と日替わり方言女は相変わらずの笑顔で言う。

とても可愛いらしかったので、お礼に舌打ちを返してやる。


「どこに行きたいも何も、それ一方的な宣告だから。希望通りの場所に飛ばしてくれるわけじゃないし」

「そうと? じゃあうちが決めてよかばい?」


どーけーにーしーよーうーかーなー、と、机に出しっぱなしだった世界史の教科書をめくる。

当然、そこには北海道も熊本も載ってない。さっきまでの会話は何だったのか。


「やっぱヨーロッパがよかねぇ、きゅっとなっとってお得やし」

「お得って」

「アフタヌーンティーして、フィッシュアンドチップス食べて、ドイツビールで乾杯すっと。よかねぇ、完璧やなか?」

「食べてばっかりじゃん」

「そうやなぁ、こがれちゃんと一緒やけん、食べよる暇なかかもね。おしゃべりに花が咲くけん」


へらへらと、なんてことないように言うひまり。

私は意識して、ぐっと奥歯を嚙みしめる。


「……どうせ行くなら、もっとちゃんと観光地も回れよ」

「それもよかねぇ、時計塔見ながらお茶して、大英博物館ば見て回って、てれんぱれんすっのも」

「まぁ、実際はどこも混雑していて、のんびりって感じじゃないだろうけど」

「ありゃ、そうなんか。現実は厳しかね」


唇をとがらせながら、世界地図の赤道をなぞる。


「いっそんこと、船で世界一周とかできたらよかとにな。海ん上なら時間もたっぷりあるけん」

「それこそ、お得って値段じゃ済まないだろ」

「そうやなぁ」


赤道をなぞり終え、地図を閉じる。


「でも、いつか行こごたるなぁ」


そう言うと、ニッ、と私に笑いかけ、前を向く。

私はどんな顔をしていたのだろうか。

ちゃんと、いつも通りの無表情でいられただろうか。


どこかへ行くことのできる言葉も、心も、ひまりの中にはあるのだ。


その日の単語テストの出来は最悪だった。

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