戸ノ内こがれは俯かない

潜道潜

第1話

放課後、夕陽の差す図書室で一人本を読む。

この場所が好きなわけでもないが、他よりはマシだ。


「変わりたいと思う気持ちは、自殺らしいで」


文庫本を片手に向かいの席に腰掛けつつ、黙々と本を読んでいる私に声をかけてくる同級生女子。周りを気にして黙っていると、勝手に続けてくる。


「中二っぽいよな、これ」

「人が本読んでるのが目に入らんのか、話しかけんなオーラ出してたでしょ」


たまらず、溜息一つと小声を返した。

ちらりと視線をやると、ニッと勝ちほこったような笑顔をしやがったので、無視してて本に戻ろうとした。


「せやかて、本なんて読んで喋ってナンボでしょ」

「分からんでもないけどな、ここが図書室でなく教室だったらの話だけど」

「なんや、こがれちゃん喋る相手なんかウチ以外おらんのに分からんでもないのか」

「うるさい」


この東京生まれ東京育ち似非関西弁女、小日向ひまりはこの調子でずっと私に絡んでくる変人だ。


「そもそも、アンタ変わりたいと思うタイプじゃないでしょ」

「えー、そないなことないよー、ウチかて育ち盛りの乙女やもん、変わりたいわー」

「そういう感じがタイプじゃないって言ってるんだよ」

「そうなん? こがれちゃんは詩人やね」

「書いてあったろ、戯言だよ」


昨日は博多弁と遠州弁のミックスだったが、今日の気分は関西らしい。

絶対に突っ込んでやらないが。


「全くの別人になりたいとか、自分じゃない何かになりたいって感覚、アンタ無いでしょ」

「まぁ無いけどー」

「ほらね」


なんとなく安心しながら、読めてもいない手元の本の頁をめくる。

ぐでっと頬を机につけながら、ひまりが続けた。


「でも、全くの別人になるって、そんなん無理やんかー? 今のウチがおって、次のウチがおんねやから、変化後のウチが全く別人なわけないやん」

「そりゃそうだけど、遠くなれば別人だって言いたいんじゃないの」

「ワープ進化かて進化やんか? 今のウチの先にあるウチなんだから、自殺ってのとはちょいニュアンスちゃう気がするわー」


究極体かてガルルモンやしー、と言いながら机の上で首をブンブンと振る。


「いや、時間的な遠さじゃなくて、系統がもう違う感じじゃないか」

「あー、メタルガルルモンになりたいアグモン、みたいな感じか」

「そうそう」

「でも、アグモンがメタルガルルモンになりたい思うかなぁ」

「それはアンタがガブモンだからそう思うんだよ」

「そうかぁ」

「そうだよ」


一通り言って満足したのか、それとも飽きたのか、ひまりが大人しく本をペラペラしはじめる。私もページを開くが、あまり頭に入ってこない。


誰かに憧れて、誰かになりたいと思う気持ちが、今の自分を裏切ってしまいたい気持ちに繋がらないひまりは、いい子なのだろう。

何でこんないい子が私に絡んでくるのか、考えてしまいそうになるたび、

必死に思考を止めて本に目を落とした。


下校のチャイムが鳴る。

何分経ったのだろうか。

本を閉じると、向かいの席は空だった。


「……本当に自殺だったら良かったのにな」


誰にともなくつぶやいて、図書室を後にした。

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