第38話
「取引? 何を言っているんだ。お前らに取引できる要素があるとでも?」
「なんだ、この人間は」
「こいつは本当に人間なのか? 恐ろしい」
「誰だ、こんな奴に特権を与えるなどと言い出したのは」
全く、にこやかで親切な交渉をしてやろうとしている俺になんという言い草。しかも人間同士の殺し合いを提案した連中に、恐ろしいなどと言われたくもない。
「俺は譲ってあんた達に選ばせてやろうとしているんだ。ここに存在してやってこうして希望を聞いてやる親切をしているのに恐ろしいとかいいだすなんて、酷い神様だな。あんた達のあの妙なシステムはまだ生きているんだろ、俺は自分で消えることも出来るんだよ。それをしてやってないだけありがたく思ってほしいね」
俺の言葉に神々は口々に好きなことを話し始めたが、あの威厳のある声が一つ咳払いをして連中のざわつきを収める。
「もういい、我らはただ、勝者の願いを叶えるだけだ」
自分達の理屈に合わない、反論できない内容になってくると逃げるとは。何ともつまらない幕切れだ。
「俺ごときに侮辱されても自分の存在は保ちたい、そうとって良いのか?」
「ふん、好きにすればよかろう」
「まぁ、たかが人間が作った神様だからな。それが妥当な着地点だろうね。あんた達の望みは自己の存在理由の確立だものな。俺の願いを叶えればそれは達成される。むやみに人間たちに好き勝手に作り変えられ、時々で姿も内容も違う自分達の存在理由。まぁ、気持ちが分からなくも無いけど、そうやって作られること自体が存在理由と思えなかったのかな。存在を意識していなければデフォルメも出来ないわけだし、何より他者によって作られることが、この世界に存在できているという存在理由なんだけど」
「何が言いたいのかは知らぬが、戯言はもうよい」
「知らないって、本当にお馬鹿なんだね。まぁいいや、これがわからないから人間を間引いてしまったんだろうし。俺の願いを叶えればあんた達は満足なんだろう?」
「最後の最後まで偉そうな。叶えてやる必要は無いのではないか?」
「いや、最終的にこやつが残ったのだ。叶えてやらぬわけには行かぬだろう」
「では、聞こう」
「随分偉そうだな」
俺がそういえば、なにか食って掛かってくるかと思ったが、声の主は一呼吸置いて、
「貴様の欲するものを言え」
と、冷静に言い放つ。その様子は偉そうな姉貴にそっくりだと思わず笑えば、ほんの少し辺りがざわつく。
「早くしろ、言わねばずっとこのままだ」
「無理やりだな。俺は別にこのままでも困らないけど、それじゃあんた達が困るんだろ」
自分がこの場に来て、姉貴が居なくなることを想定していなかった俺は、願いというものを引っさげてこなかった。なので、少々考えこんでしまう。富や名声をほしいとは思わない。それらは自分で必死になって手に入れなければ意味が無いからだ。
しかし、そうなると今のままでは不都合であると気付く。自分で手に入れなければ意味が無いことをしようと思っても、人間がいなくなり廃墟とかしていくだろう世界で何をしろというのか。
「俺の願いはすべてをきっちり元通りに戻し、今後あんた達が自我を持ったとして、もしこういうゲームを思いついても人間で試すことをしないことだ。そうだな、やるんだったら神様同士、自己間でやってくれ」
俺の至極まっとうな、これ以上ない提案に神々は先程とは違ったざわつきを見せ始めた。
「すべてを元通りにだと?」
「自己の冨を願わないのか?」
「しかも我らの力を奪うことをしないとは」
「何か狙いがあるのではないか? 我らを完全に沈黙させてしまうような」
本当にこの神様はどこまで人間臭いのか。俺は呆れながら連中に向かって自分の願いの意図を解説しなければならなくなってしまった。
「まず、俺は自分の富や名声は求めていない。何よりそれを得た所でこの世界でどうやって自慢し、満足しろっていうんだ。確かに俺は一人が好きではある。面倒なことも少ないし、自分で起こしたことなら自分で責任を取ればいいだけの話だからな。だが、一人が好きな俺でも、流通が止まるのは困る。生きている以上生活が必要であり、それには他者の力が最も重要なことだ。それに一人では楽しめないことも多い。様々な連中が様々に存在しているから俺は俺という自分を楽しめている所が大きいんだ。姉貴も言っていただろ? 存在ってやつは自分一人では確立しないんだよ。それに俺は多少の不満はあれどもあの生活が嫌だと思ったことは無い。むしろある程度のことを我慢すれば快適でもある。何より俺の思い通りになる世界なんてつまらないだろ?」
困惑したような空気が周りを包み込み、俺は今の何がそんな雰囲気を作る出す要因になったのかと首を傾げる。そんな俺に、一人の神が真っ白な場所から姿を表して眉間に皺を寄せて近づいてきた。
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