第35話
神々の中の誰かが姉貴の態度に苛立っているのだろう。だが、そんなこと姉貴には全く関係がない。
「それに私に対して苛立ちや何様だという事自体がおかしいでしょ?」
「おかしくはない。貴様が我らに対して尊大な態度を取るのがおかしいのだ」
「いいえ、それこそおかしくないわ。貴方達の創造主は一体誰だと思っているの? それは私達よね。創造主である人間様に対してどうしてそんな横柄な態度で接しているわけ? 神様だから敬えと貴方達がいうのなら、逆に、では貴方達を作った創造主を敬いなさいとこちらからだって言えるわ。何を偉そうに選別しているの、しかも、自分たちで勝手にやった結果が納得行かないからって私に文句を言うなんてお門違い」
凄い、見事なまでの理屈の通った屁理屈だ。
理屈が通っているから神々も次の文句が言い出せずに居る。というよりは、この神々を作った人間にそれだけの屁理屈に対応できるだけのスキルがなかったとも言えるかもしれない。とはいえ、姉貴の理屈はいつだって誰だって、真っ向勝負できるものなど居ないのだが。
「それに、さっきから努力努力って言うけど、あなた達に私達の努力の何がわかるっていうの。努力ってね個人差があるのよ、人それぞれなの、誰かがこうやっているからそれと同じことをして努力しているねって言われてもね、馬鹿馬鹿しいし惨めなだけよ」
言い返せない雰囲気にしびれを切らしたのか、今まで聞こえてこなかった声が咳払いをして姉貴に対向する。
「ふん、屁理屈ばかりを並べおって。努力というのは目標に向かい必死になることだ。それがどのような目標で個人差はあれど、目標に向かいひたすらにやること、それこそが努力なのだ。だが貴様はどうだ。皆が目標に向かい必死で生き残ろうとしている中、ただ隠れていただけではないか」
なんて勇気のある神様だ。
俺はこの神様がこの後、どんなに論破されて言葉をうしなっても敬意をもって賞賛したいと思う。攻撃目標確定の神様は一体なんという名前なのだろうと探ろうとしたが、姿が見えない以上、誰が誰なのかは分からなかった。当然姉貴は容赦なく言葉を吐き出す。
「そうね、貴方のいうことは正しい。目標、目的に向かって何かをすることを努力と言うわ。だから私は、隠れる努力をしたのよ。他の連中が殺す努力をしている間に私は私なりの目標に向かって努力した。私の目標は初めからほか連中とは違ったけれど、それは私なりの目標。人と同じことを行う事が正しいなんて誰も言えないでしょ? 目標が人それぞれであるならば、努力というものも人それぞれ。当然その度合もね。其れを理解してないなら馬鹿もいいところ、神様なんてやめてしまいなさい」
可哀想に。反旗を翻そうとしていたはずの神様は唸り声を上げたかと思うと気配まで小さくおとなしくなってしまった。言い返してこない神様の様子に姉貴はつまらなさそうに息を一つ吐いて、俺の方を指差す。
「何より努力をしてないって責めるのは私じゃなくてこっちでしょ、この子は本当に何の努力もしてないのだもの」
矛先をこっちに向けるな、そう思ったが、まったくもってそのとおりなので反論はしない。俺は姉貴の言う通り、ただ単に気を失っていただけで努力なんてかけらもしていなかった上に、状況すら知らなかったのだから。
「全く、貴方達の発言って、この世界で貴方達が一番初めに消しちゃった偽善者の言い分よね。まるで親父様の説教を聞いているみたいで、ムカつくわ」
「我らが偽善だと? 我らに善悪など無い」
「という意識で作られた事でそう思い込んでいる、もしくは入り混じってしまって善悪が何なのかわからなくなってしまっているだけよ。長い年月の中、様々な形で人間が貴方達を作り上げた。初まりの物語から幾人もの手によって、よりエンターテインメントを求め、同じ人物名前であっても時には悪に、時には善に。そうしていくうちにあなた達は善でも悪でもある存在になった。ただそれだけの事で、貴方達に善悪がないわけじゃない」
「確かに我らは人間に作られ人間の想像力によって進化を遂げた。しかし、我らの根本は変わらぬ。それに我らを創り進化させたのは主とは違う誰かであって、主が創造主であるわけではない、偉そうな口をきくな」
「根本が変わらないなら善悪があってあたりまえじゃない。神話の世界って結構ドロドロしていて昼ドラみたいな感じだもの。本当に善悪のない者のことを貴方は知らないのよ。善悪がないということは倫理も常識も何もかも、全てがないのよ。酷く純粋で酷く無垢な存在こそが善悪のない者。こんな遊びをやってしまう貴方達は十分汚れているわ。それに何『当たり前』のことを言って威張っているのか意味不明ね。偉そうな口きくなですって」
口の端を引き上げて息を漏れさせるように笑った姉貴の姿はまさに悪役。神が口を出してくるのが楽しくて仕方がなく、この状況をこの中で一番楽しんでいるのは姉貴だ。だが、二番目に楽しんでいるのはおそらく俺だろう。
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