第30話

 顔を濡らす冷たさと震えるような寒さに瞼を開く。

 頭の中心が揺れ動くようではっきりしない意識の中で、俺は辺りを見回していた。手の平を眺めながら開いたり閉じたりし、腕を動かし大きく深呼吸をする。頭の上に落ちてくる冷たい間隔に見上げてみれば、大きな木の幹と枝が見え、葉からしずくが落ちてきた。

 背中に当たるゴツゴツとした感覚と、見上げた景色で俺は大樹に背中を預けていると理解する。

「外に、出されたのか? っていうか生きていたのか」

 意識を失ったあの時、一瞬、このまま死ぬのかもしれないと頭によぎった。それならそれで、面倒が無くなっていいと思ったがそうは問屋がおろさなかったようだ。

 再び瞳を閉じ、揺れ動く頭をしっかりさせるようにじっとしていれば、頭から顔、首へと水が滴り落ち、体全体を濡らしてより一層寒さを感じさせているのがわかる。

 一体、外に出されてからどれくらいが経っているのか。そもそも、中にねじ込まれてからどれくらいの時が経ったのか。

 頭の揺らぎが収まり、大きく息を吸い込んで吐き出した俺は周りの状況を改めて確認する。

 辺りは異様なまでに静かだった。

 人が少なくなってから、静かではあったが何かしらの物音などはしていた。だが今はまるで何も音がしない。

「そうだ、スマホ」

 慌ててポケットをあさりスマートフォンを取り出してみたが電池はとうに切れており、真っ黒な画面がそこにあるだけだった。

「ということは、充電が切れるほどの時間は経っているということか」

 不思議なことに腹はすいていない。木から養分を受け取っていたのか、それとも眠った時点で全ての体の機能が停止したのか。

「なんにしても、周りの状況確認とあの男だ」

 伸びをして立ち上がり、固まってしまっているような関節を動かして、やってきたはずの道を高校に向かって歩き出した。

 山を降りて高校に近づいてくると、静けさの中に何かを燃やしたような妙な煙たさと異臭を感じる。誰かがプラスチックの塵芥などを焼却したのか? 鬱蒼と茂った木々を抜け、目の前に広がった光景に俺は愕然としてしまった。

 街中のいたるところから煙が上がり、高校の目の前にあった住宅街の窓ガラスは割れ、まるでアニメやゲームで見た紛争地域のよう。慌てて山を抜け、クラブハウスまで走って行き中を覗く。

 誰かが入り込んだのか、ありえないほどに荒らされているクラブハウスにあの男の姿はない。それどころか、ここに人が住んでいるような気配すら無くなってしまっている。

「一体何があったんだ」

 唖然としながらも、足元から上がってくる寒さに耐え切れず、散らかされている中から比較的きれいなタオルと着替えを持って、クラブハウス内のシャワーを浴びた。水も電気もまだ生きているようで、苦労すること無くシャワーを浴び、散乱した部屋の中で何か情報は無いかとあさってみるが有益な情報は何一つない。暫くその場で男が帰ってくるかもしれないと待ってみたが、帰ってくるような気配はなかった。

「ここでこうしていても始まらないな。外に出れば何かしら状況が分かるかもしれない」

 俺はクラブハウスを後にしていったん家に帰ることにする。

 街は嫌な匂いが立ち込めていた。おそらく山から降りるときに見たあの煙のせいだろう。

「……これは、どういうことだ?」

 俺は焼け焦げた家屋の景色よりも異様な光景に足を止めた。道路や空き地、様々な所に人の死体があったからだ。

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