第22話

 懐かしい、とは思わない。

 進学校であるから当然成績重視であり、勉強をした思い出はあるが、在学中の三年間で「いい思い出」といえるものは殆ど無い。懐かしむということはそれだけの思い出がそいつの中に居あるからだろう。俺にはそれがない。

 花岡高校はこの辺りでは偏差値が高く、進学校として有名な場所だ。当然俺の親父が入れて当然とばかりに薦めた場所で姉貴もここの出身。

 久しぶりにやってきたこの場所には無数の洋服が散らばっていて、人の気配は殆ど無い。校門はしっかり施錠されている。無理やり入れば賢い機械が警備会社に連絡を入れるはずだが、それを受け取る人間が居ないから意味をなさない。

「といって校門を登って乗り越えるなんて、面倒だな」

 おそらく裏門も同じ状況だろう。しかし、ここをねぐらにしている奴が居て、そいつが常にこの校門や裏門を施錠解錠しながら生活しているとは思えない。俺は正門から左回りに歩きつつ入り口を探し始める。

 暫く歩けば、学校全体を囲んでいる壁の一部がフェンスになっている部分が現れた。

「俺が居る時はこんなフェンスはなかったはずだが」

 フェンスを確認してみれば、一部、覆い茂った木で見えなくなっているが破れている場所がある。更に丁寧に、フェンスの針金が綺麗に折り曲げられていて、明らかにここから出入りしているものが居ることを物語っていた。

 木の葉をかき分け、腰をかがめて穴に入れば、案外楽に校内に入ることが出来る。人の気配は全くない感じで、多少目新しい建物はあるが在学中と変わらぬ光景。抜け殻が散乱する中、まずは職員室へと向かいながら、いったい男はこの広い校内の何処に居るのかと考え始める。

 あの男は「学校に住んでいる」といった。

 確かに学校は住むのに必要な物はほとんど揃っている。水道も電気も、もちろん火だってある。ベッドもトイレも。だが、いずれも場所が散らばっていて人間一人が一体何処に居るのかを探るのには広すぎる。

 考えながら職員室にやってきた俺は、現在の構内の様子が分かるものはないかと探し始めた。教頭の席で学校案内のパンフレットを見つけサッと目を通す。大半は俺が居た頃と変わってないが、新しくクラブハウスなるものが建っている。クラブハウスの説明がないか見ていればどうやら最近の一番の押しのようで、詳しく書かれてあった。

 花岡高校は進学校であったが、勉強だけではなくスポーツにも熱心だった。それは当時からであったが、設備は一昔前のもので整っているとは言いがたい。しかし、今ではその欠点を克服し、設備は最新式でかなり整えられていた。新しく出来たクラブハウスもその一つ。寝泊まりが十分出来、合宿などにも利用できる様に作られている。そう、小さな狭い範囲でベッドもトイレも、そしてキッチンまですべてが揃っているのだ。

「ここ以外ありえないな」

 職員室を出て、クラブハウスの方向に足を向けて数分。俺の読みは外れていなかったようで、背後からあの声が響く。

「おや、これはこれは。いらっしゃいませ」

「いらっしゃいませ? ここはアンタの家じゃないだろ」

 振り返りながら言えば、両手で洗濯物を抱えて相変わらずな微笑みを浮かべる男がいた。

「今住んでいるからね、家も同然だから『いらっしゃい』であっていると思いますよ。それにしても、君は絶対に来ないと思っていたけどね」

 言葉とは裏腹に、その瞳は絶対に来ると思っていたと言っているように俺を凝視し、誘うように視線を流して一つのクラブハウスに入っていく。男の後について入ってみれば、立派なワンルームが現れ、家という表現があっていることが分かった。

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