第23話

 洗濯物を部屋の隅に置き、普通にお茶を出して俺に座るように促す。

 小綺麗に整えられたワンルームに招かれた俺に、男はひたすら黙ること無く他愛のない話題を話し続けた。その話は流れが早すぎて相槌を打つ暇もなく、流れる話の中俺はどうしてここに来てしまったのかと勝手に考え始める。

 そもそも、目的はなかったような気がする。ただ、この男に聞きたいことはあった。それが流れていく会話の中でよくわからなくなっている。未だ話し続ける男の唇を眺めて、大きなため息が口から出そうになったその瞬間、男は小さく笑った。

「で、君は何をしに来たのだい? 僕に何か聞きたいことでも?」

 俺は驚きのあまり瞳を見開いて言葉を出せなくなってしまう。今自分が思っていたことそのものを聞かれてたじろいでしまったのだ。もしかして選択肢が出てしまっているのかと周りを見るが、選択肢は見当たらない。

 この男は怪しさしか無かった。存在自体が怪しいから、もしかしたら自分の考えをも読み取ってしまっているのではないかと思わせる。怪しさを人間にすればこいつなのではないかと思うほどだ。俺の怪訝な気分を読み取ったのか、男は微笑みと口調を強くする。

「回答がないね、僕の声が聞こえなかったのかい?」

 テーブルを挟んだだけの距離だ、聞こえていないはずがない。わかっていながら聞いてくるのは答えを催促しているか、馬鹿にしているのか。きっと馬鹿にしているのだろう、今の俺は決してその問に答えられない。確かに何かを聞きたいと思っていた。しかし、今は自分でもどうしてここに来たのかわから無くなってしまっていた。

 理由があるとすれば、この男のことが気になったから。

 だが何故気になるのかと聞かれればその答えは無い。だから回答は無いのだ。

「回答が無いのは、回答が見当たらないからだ」

 男は俺の答えに瞳を大きくし、嬉しげに口の端を引き上げる。

「満点の答えだね。まぁ、ここで簡単に答えられていたらさっさと帰ってもらったところだけど」

 男の微笑みは今までで一番大きく、そしてその微笑みをみた俺は今までで一番背筋が寒くなった。何もかもを知り尽くしているような、心の全てを見透かすような瞳と微笑みは、自分で自分の顔を見た時のよう。

「君がここに来たのは偶然じゃないのだよ」

「偶然じゃないって、必然だとでも言いたいのか?」

「それも違うね、偶然でも必然でもない、僕に操られただけだよ。僕はそのための種をちゃんと撒いておいたからね」

 種、思い当たるのは一つ、あの元委員長のことだ。

「半分正解といったところだね」

 こいつは。俺の考えを先読みしたのか、それとも俺は思っていただけのはずが口に出ていたのか。心を読むなど物語の世界だけの話だ。俺は怪訝な態度を崩すこと無く、常に男を正面に捉えながら話を聞く。

「あの女性には僕を印象付けるとともに、君に接触してもらうようにしたのだよ」

「アイツが俺と知り合いと知っていたのか?」

「いいえ、でも彼女はこの学校にいらしてましたし、彼女の思考には貴方がちらほらと現れていましたからね。きっと貴方を頼ると思いましたよ」

 思考、選択肢のことをいっているのか、それとも本当の思考を行っているのか。

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