第21話

「それでね、やっと見つけた知り合いだから、できれば一緒にいたいのだけど駄目かな」

 勝手に人の腕を掴んで潤んだ上目つかいで見てくる馬鹿女にため息を吐きかける。

「駄目にきまっている。貴様がどうであれ、俺は一人で居る方がずっと良い」

 俺の言葉に理解できないといった眼差しを一瞬見せた後、胸の谷間を強調しながら、腕に膨らみをくっつけてくる。

 自分の性的欲求を満たしているだけなんじゃないかというほどに体を密着させ、切ない吐息を吐き出し、態々俺の手を妙な場所に導こうとしていた。この女の中で男というものの位置づけがよく分かる行動だ。

 セックスアピール。

 男に対しても女に対しても、異性に何かを求める場合には有効な手段といえる。生物は本来繁殖するために性行為を行っていた。ただ繁殖するだけではその行為を行おうという気にはならないのか、性行為には快楽というものが付属している。その快楽を求める心があるがゆえにセックスアピールは有効な手段になるのだが、この女は少々使い方を誤っている。俺に対してそのアピールを今しても何の意味もなさないのだ。

 別に男色と言うわけではないし、普通に女に興奮を覚える男だが、こんな馬鹿な女には一つも欲情しない。

 好みではない女にセックスアピールされたからといって、とりあえずやってしまおうと考えるのは、よほどの馬鹿か女というものをその程度にしか思っていない男のやることだ。

 それに、この女のこの胸は本物である確率が低い。たった数年で、成長期を等に過ぎた女性の胸がここまで大きくなるものだろうか。手段は様々在るだろうが、その中に自然にという言葉に当てはまるものはないだろう。

「気をつけなさい、女はね『化け者』よ、さも本当のように、事実のように嘘をつく動物なの。見た目然り、言葉然り、心もね」

 姉貴に散々言われてきたことだ。しかし、姉貴に言われるまでもなく男は皆だいたいわかっている。

 整形はもちろん、今はそれはそれは素晴らしいアイテムがたくさんあるというのも当然知っている。そしてそれを見破る方法も。女は男は馬鹿だから分かっていないと思っているのだろうが、それこそ馬鹿だ。

 男は余程の馬鹿以外は女の嘘に騙されてやっているんだ。

 整形で大きくしている分にはこちらがそれを知らなければ、もしくは知っていたとしても痛手は少ない。だが、便利なアイテムを使っての場合はアイテムを手放した時に現れる、本当の姿を見た時の残念感が半端ない。女はその時の男の気持ちがわかっているのだろうか? だから男は騙されないために学習するのだ。

 そうして俺は学習し、元委員長の作られた美しさを美しいとも思わなければ、一生懸命に作りこまれた女性的である部分のセックスアピールにぐらつくこともない。俺は男よりも女のほうが大きな胸であることを必死になって追いかけているような気がする。

 男は大きすぎる胸は比較的好まない。確かに性的興奮、一時的な遊びは大きな胸のほうが楽しいかもしれないが、それ以外であるならば程々が一番だ。本当に女は男を理解しているつもりで全く理解していないと俺は思っている。

 そんな考えをめぐらし、やれやれと思っている俺の腕には「女」を武器にしているつもりの馬鹿が距離を縮めてきていた。

「あたし、不安なのよ、どうしても駄目なの? なんでもするから、お願い」

 絡みつく手は俺の腕を操るように女の性の中心へ誘おうとしている。俺は一切動いかしていないのにまるで動かしているかのようで、こういうことを自然とやってのける芸当は、どれだけの修行を積めば出来るのだろうか。おそらく、先ほどの「なんでも」という言葉には性的なものが多数を閉めるのだろう。そして、この馬鹿はそういうことを平気でやり、そういう相手を求めているのだと俺の評価は益々下がっていった。

 馬鹿の態度に俺は大きくあからさまなため息をつく。それを聞いて馬鹿は体をびくりと揺らした。馬鹿であっても雰囲気を読むことは出来るようだ。確かに男で、異性を好む輩であればそういうことをすれば、上げ膳喰わぬはと喜んで誘いに乗るだろう。この馬鹿もこのような芸当をやってのけるほどの女だ、そういう行為が好きでたまらないといったところか。だが、そういう目的を俺で為されるのは非常に不愉快。俺の我慢はここで一気に限界に達し、腕に絡みつく馬鹿を突き飛ばす。雰囲気で何かを察知したはずなのに、馬鹿は懲りずに再び寄ってこようとしたので睨みつけた。

「鬱陶しい女は嫌いだ。それに誰にでも擦り寄る女もな。反吐が出る」

「ひっ、酷い! 誰でもいいなんて思ってないわ! あたしは、ずっと貴方のことが」

「醜いと思わないのか? この期に及んでまだそんな嘘ですがるなんて」

「嘘じゃないわ」

 そう行った途端、元委員長の側に選択肢が現れる。

「これは嘘? 嘘じゃない?」

 彼女は選択肢を選ぶことを躊躇し、俺の視線が降り注いでいるのを感じながら息を荒くしていた。

 恋愛感情を持っても居ないくせに持ち出してくる女ほど厄介な奴は居ない。

「じゃぁ、そういうことで。さようなら」

 俺は一応の挨拶をし、その場を離れた。俺が居なければ選択もしやすくなって生き残っていくことも出来るだろう。今の俺の最大限の優しさだ。

 もし俺が誰かと付き合うのなら、それはきっともうすでに消えてしまった人の中にいる。今残っている女、それが一体どういう人物なのか、わからないほど俺は馬鹿じゃない。

 俺が背中を向けて歩き出し、しばらくしてから後ろから声が聞こえてきた。

「最低ね、もういいわ。あんなところであんな男と会ったから貴方を思い出してしまった、あたしが馬鹿だったのよ」

 彼女がどんな選択をしたのかは知らないが、震える声で俺を罵倒できるということはそういう選択をしたのだろう。後ろで高い靴音が遠のいて、面倒な女が去っていった。

 残された俺は持ってはいけないような興味を持ってしまっている自分に気付く。そう、面倒な女が二人揃って面倒なことを思い出させてくれた結果だ。俺はため息混じりに自分自身の気持ちに呆れながら家とは逆の方角へ歩いて行った。

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