第20話

 コンビニにある食料はそれほど多くなく、どうせこの辺りの人間はあまり残っていないだろうと、取れるものは全部取る。最後にアイスを一本その場で食べ始めれば委員長は人の隣に腰をおろして勝手にしゃべり始めた。

「あたしさ、クラス委員長ってやりたくてやっていたわけじゃないのよ」

 突然何を言い出したのかと思ったが、ここで反応してしまうと面倒なことになりそうだとアイスを食べることに集中する。

「実際自分でやりたいなんて言ったこと無いのよ。なのに見た目で皆判断してくれちゃって。だから高校出てから見た目を変えて、絶対そんな役目をもらわないようにって気をつけていたの」

 なるほど、容姿が変わったことに対する言い訳をしたかっただけのようだ。

「だからあたし、少し馬鹿な子を演じていたのだけどそれが良かったみたいで。はじめのあの不思議なときにも周りはどんどん消えていくのにあたしは消えずに残っちゃったの」

 なるほど、だから俺の予想とは違ってこうしてここに残っているわけだ。元委員長は女に対しても男に対しても馬鹿を演じたのだろう。女にとって元委員長は馬鹿で自分には害ではなく敵ではないと、男にとっては馬鹿で可愛い憎めない子と受け取るように。故に、誰からも善とも悪とも判断されず、消えることはなかったというわけだ。

 さすがは委員長をやっていただけあって中々頭がいい。

 自分の立場と立ち位置を自分自身の力と演技力で作り上げた元委員長。他者からの攻撃もないし、自分がやりたいようにやっているから自身で善悪は感じていない。初めの選別で消えるわけがない人物に成り上がっていた。そして、その頭の良さゆえ、おそらく委員長はすでにこの選択肢の意味も知っているから慎重に選んでいるか、姉貴と同じようにボタンを押すことなく行動しているのだろう。

 聞けば聞くほど、俺が一番関わりたくない人物だ。アイスを食べ終わり、コンビニを出て歩き出した俺の後ろを歩きながら、元委員長の話はまだ続く。

「つい最近まで別に一人になろうと、周りに誰が居なくても別に良かったの。逆に演じる必要がなくなったから楽だったわ。でもね、この前変な人にあったのよ、その人に会ってからあたし、一人で居るのが怖くって」

 何気に裾を捕まれ、俺は後ろに引っ張られるようにして立ち止まった。見ればため息を付き、少し青い顔色でこちらを見てくる。こうすれば男が助けてくれるだろう、男はこういう態度に弱いのでしょ? と言われているようだ。上目つかいな所が虫唾が走る。

 元委員長にこれでもかという、睨みつけるのに近い怪訝な瞳を向けたが、元委員長はにっこり微笑んで返してきた。

「心細くて、怖かったけど、今は大丈夫」

 何なんだこいつは。今までの男はそういう態度を見せればなんでもしてくれたのだろうか。だとすれば、そんな男と同列に思われている事自体が不快だ。

「その人、貴方と同じように選択肢をいっぱい浮遊させていて。そりゃ、貴方やその人ほど浮遊させている人には会ったこと無かったけど、多少なら浮遊させている人は見ていたからそれ自体に驚きはしなかったの。ただその人の目が怖くて」

 元委員長の話を聞きながら、俺の頭のなかにはあの男が思い浮かぶ。

「それがね、その人あたしと目があった途端ににやって微笑んで言うのよ、『残念ですね、このままアナタはたった一人で消えていくのですね』って」

 俺にはそれのどこに怖がる要素があるのかわからなかった。ごく当たり前のことを言っているだけじゃないか。

「そうやって言われちゃうと、一人が気楽で心地よかったはずなのに、急に寂しくなってきちゃって。でも周りにはもう誰も居ないでしょ、だから高校の時の名簿を出してきて、かたっぱしからかけていたの、まさか貴方が出てくれるとは思わなかったけど」

 わずかに斜めを向きながらも瞳はこちらを見て、微笑む姿はさながら悲劇のヒロイン。俺じゃない男だったらおそらくほだされた様に彼女を優しく守ってあげようとでも思っただろうが、残念ながら俺にそのつもりは全くない。どちらかと言えば、さすがは元委員長様、よくもまぁこうしてやるものだと感心していた。

 電話に俺が出ると思わなかったというのは嘘だろうし、その前のかたっぱしからという事自体が嘘に違いない。おそらく委員長は心当たり、つまり消えそうになさそうな連中数人に連絡をとったはずだ。そして、委員長の中で俺は本命だったのだろう。

 俺の家の電話は長い呼出音が続いて、更に三度も鳴った。普通、片っ端からかけて二度出なかったら諦める。しかし、こいつと狙いを定めているから何度もかけた。それだけ元委員長の中では俺は消えるわけがない人物と認定されていたのだろう。もしかすると三度目で俺が出なければ四度、五度と電話は鳴ったはずだ。

 元委員長自身が嘘をつくことに善悪を決めてないし、別に見破ることが出来るような幼稚な嘘を「悪」と俺は思っていないから今元委員長はここにいる。だが、俺がそれを悪いことだと断定すればこの元委員長様は今すぐ消えさるはずだ。

 一応普通の人以上には頭が回るようだが馬鹿な女。俺の中で元委員長はそういう位置づけになり、態々俺が認定してやって消してやる必要もないように思える。それに、この最低女と一緒にいるのはすでに疲れて面倒になってきて、あけすけな分姉貴のほうが数倍ましだとも思っていた。

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