第17話

 翌朝早く、腰のあたりに強烈な打撃を受けて目を覚ます。眉間にしわを寄せて俺に覆いかぶさるような人影をみれば、そこには悪い笑みを浮かべた姉貴がいた。

「朝っぱらから、何?」

「そろそろ行くわ、黙って出て行くのも何だから起こしに来てあげたわよ」

 黙って出て行ってくれても一向にかまわないのに呆れた言い分だ。どうやら起きないことには出て行かない様子で、これは見送れと言っているのだと感じ、ゆっくりと起き上がる。面倒くさそうに動作する俺をじっと見つめていた姉貴は感心するような息を吐いた。

「今度は何?」

「いやぁ、よくもまぁ、そんなにいろいろ考えが浮かぶなぁと思って」

 俺の周りに浮遊する選択肢を幾つも手にとっては、ほぅと感心しながら俺の後ろをついてまわる。選択肢よりもそれに付き添う姉貴が邪魔だと、いいかげんにしろと言えば、じっと俺の顔を見つめた。

「ねぇ、あんたはあの連中が本当に神様だと思っている?」

「行き成りなんだよ」

「ちょっとね、どう思っているのかと思って」

「それ、俺の選択肢を見て聞いているだろ。だったら聞かなくても分かるだろ。確かにこんなことをやってのけるし、人間離れはしているとは思うけど、あれが神様だと思っているかと言われれば、思っちゃいないよ」

「そうよね、連中が本当に神様なら人間なんてこの世界にひとりとして生き残っちゃいないわ。神様って意外に残酷だもの。まぁ、残酷という点と妙な力を持っているってことではあの神様も神様なのだろうけど」

「何が言いたいんだよ」

「あんたの選択肢のそれ、『連中は俺達が作った、作ってない』っていうの、ある意味正解だと思ってさ。あんたが疑問に思ったのは、私たちのことを創造主って彼らが始めに言ったからでしょ? 私も同じよ、そこが引っかかった。そしてさらに考えた、どうして創造主たる人間にあの神様もどきはこんなことをしているのかってね」

「それで?」

「あら、答えを聞いちゃうつもり? それじゃ面白く無いじゃない。クイズは説いている時が一番楽しいでしょ」

「俺は答えを知っておいてから問題を見るタイプなんだ」

「それじゃ、この問題は答えを知らないまま考えたらいいわ。そうね、ヒントは私達が創造主であることかしら。それをわかっていればわかるはずよ。あんたも馬鹿じゃないんだし」

 姉貴は喋りながら靴を履き、俺に玄関の荷物を持たせて車庫へと向かう。並んでいる数台の内、母親がよく使っていた軽自動車のドアを開いて荷物を入れさせた。車内にはこれでもかというほどにすでに荷物が乗っている。

「食料とか持って行くなら持って行くで俺に断ってくれよ。俺だって暫くは生きるつもりなんだから」

「良いじゃない少しぐらい。それに食料はちょっともらっただけよ。あんたは動いたほうがいいんだし、無くなったら運動がてら外にでるでしょ。それ以外は日常の必需品よ。キャンピングカーには親父様の趣味的なものしか乗っていないだろうし、私は実用的に使いたいからもらったの。あんたは私をどう思っているのか知らないけど、何でもかんでも持っていってないわよ。ちゃんとあんたが使いそうなものとかは省いて使わなさそうなものだけ載せてあるわ」

 それでも一言あってもいいだろうと思ったが、言葉を飲み込んでため息だけを付いた。そんな俺に姉貴は「全く」と俺とは違う種類のため息を付いて運転席に乗り込む。

「それと、あんたは私の性格は熟知しているでしょ? また今度、なんてのは無いと思っておいてね」

「わかっているよ、それにそれはこっちの台詞」

「そういえばそうね」

 姉貴は俺と同じで、自分の興味が尽きたらさっさと間違った選択をするなり自分で善悪を決めるなりしてこの世界から消えるつもりだ。

「またなんて思ってないけど、もし今度会った時もそのままの状態はいただけないわよ。その浮遊物、少しは数を減らすとかいい加減何とかしなさい。そんなに無数に浮遊させている人間なんてあんたぐらいよね、我が弟ながらなさけない。決断力のない男は女にもてないわよ、って、もうあんたの相手をしてくれるような女はこの世界には残ってないだろうけど」

 最後の最後に余計な一言を放った姉貴は、人がいなくなり車の通りも殆どなくなった道を、まるでカーレースでもしているようにアクセル全開で去っていった。

 姉貴が居たのはたった一日だったが、俺は一年ほど一緒に居たような精神疲労でいっぱいだ。決断力がないと言われたが、それは少し違う。俺の今の状況は答えが出ないことばかりを考えてしまっているのが原因だ。

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