第16話

「仕掛け満載の部屋ね。っていうかあんたよく見つけたわね」

「男だからね。思考回路が嫌でも同じ感じなんだろ」

「へぇ、私にはよくわかんないわ。それにしても、意外に素直ね。てっきり自分で探せって言われると思った」

「俺の今一番の望みは?」

「……OK、望み通りにしてあげる」

 こんな仕掛け、姉貴が一週間かかってもわかるわけがない。俺の考えを読み取ったのか、姉貴はじっとりとした視線を向けながらそう言い、鍵を手に部屋を見回した。

「まぁ、確かに私には到底わかるわけないわね。もしかして他の仕掛けもあったりするの?」

「さぁね」

 呆れたようにいう姉貴の質問に俺は適当に返事をして隠し部屋を出る。

 そうだと言えば他にどんな仕掛けがあるのかと面倒なことを聞かれるし、無いといえば嘘だと詰問される。どちらにしても面倒なことになるのは目に見えていた。姉貴の面倒は関わらないのが一番なのだ。俺の態度の意味も理解している姉貴は、黙って俺の後について部屋を出る。

「あ、そうそう。あんたのことだから金庫の開け方も知っているでしょ。開けてよ」

 案の定、姉貴はすぐに思考を切り替えた。好奇心は旺盛だが、面倒なことを嫌がるのは俺と同じ。自らが動いて利益のないことをするのはひどく嫌がるのだ。金庫と言われて俺はまたため息をつきつつ、親父の部屋の本棚を漁り始める。

「ちょっと、聞いているの? 金庫よ、金庫」

 姉貴の声を聞きながら一冊のやたらと太い辞書を手にした俺は、それを姉貴に渡した。不思議そうに辞書を眺める姉貴に本を開けと言う。不審な顔をしながらも姉貴が本を開けば、中央を繰り抜かれた本には数百万の現金と鍵が一つ。

「何これ! へそくり?」

「みたいなもんでしょ。親父は基本誰も信じてなかったから、銀行も信じてないんだろ」

「ちょ、もしかして、ここに在る本全部?」

「いや、全部じゃない。比較的人が自然と手にしてしまいそうな所は普通の本」

「はぁ、あんた、弱み握りまくりじゃない。探偵か刑事になれるわよ」

 妙に感心しながら、現金を数え、これだけあれば十分ねと再び姉貴は俺を見る。

「鍵と金は手に入れた、あとは車ね。車庫にはなかったわよね、どこにあるの? 案内しなさい」

 言われるまでもない、俺はさっさと出て行ってほしいと思っているんだから。ただ、案内するのは面倒。俺は姉貴が手にもっている本から出てきた鍵を指さした。

「その鍵は親父の秘密基地の一つの鍵。その秘密基地のマンションの駐車場に車は置いてある」

「そうなの、じゃ、そこまで案内を」

「面倒だから嫌だ」

 はっきりと言い放つ俺に、姉貴は舌打ちをしながら親父の部屋を出て行く。

「全く姉弟がいの無い奴ね。いいわ、仕方ない。場所ぐらいは教えなさい。こんな鍵一つで場所を特定なんて無理よ」

「本社の近くにでっかいマンションが数年前に出来ただろ?」

「あぁ、親父様が散々文句言っていたわね。本社が影になるとかなんとか」

「そう、その文句を言っていたマンションの最上階の部屋の鍵がそれ」

「はぁ? 散々文句言っておいて、最上階借りているの? あきれた、とことん言うこととやることがメチャクチャね」

 大きなため息をついた姉貴は玄関までやってくると、置いたままの自分のバッグに現金と鍵をそのまま入れた。

「電車も止まっているから歩きかぁ、確かにあんたじゃなくても面倒ね」

「車庫の車に乗っていけば?」

「それもそうね、車庫の車の鍵は?」

 自分で探す気は全くないようで、当然のように俺に向かって手を出してきた姉貴。いつもなら文句も言いたくなる所だが、さっさと出て行ってくれるのだから我慢しようとリビングに戻り、鍵を持って玄関の姉貴に渡す。

「あんたはこれからどうするつもり? まさか籠もりっきりで過ごすんじゃないでしょうね。少しは運動しないとデブまっしぐらよ」

「俺の勝手だろ。姉貴の勝手をどうこう言ってないんだから放っておけば?」

「私デブの弟は嫌だもの。あんた見目は良いから、それは私の自慢なのよ。いいわね、デブだけは駄目よ」

 そう言って姉貴は車の鍵を鞄にしまった。俺はそれを見て眉間に皺を寄せる。

「行くんじゃないのか?」

「あんたはどうしてそう追い出したがるのよ。大阪から原付で来たのよ、一日ぐらい休ませてくれてもいいでしょ。ちゃんと明日には出て行くから」

 そういって、俺が手に入れてきた食料を物色して勝手に食べ、勝手に風呂に入り、リビングでくつろぎ始めた。

 図太いというか、遠慮がないというか。本当にこの性格は真似したいとは思わないが羨ましくなる。明日になれば姉貴は出て行くのだからと自分自身に言い聞かせ、傍若無人な振る舞いにも目をつむり、俺はさっさと自分の部屋に引き上げた。

 俺の周りには相変わらず選択肢が無数に浮遊しているが、実体ではないので生活に支障はなく、ベッドで横になれば選択肢はベッドをすり抜けるように回る。この光景に慣れてしまえば邪魔だと思うこともない。

 姉貴の言う通り、この面倒なシステムで選別するには時間がかかりそうだ。気長にあの神々は最後の一人になるまで待つつもりだろうか。いや、最後の一人という言い方もおかしいな。神は何人とはっきりとは言わなかったのだから。

 そう考えていくと、一体この神共は何を目指しているのだろうと疑問が湧き上がる。俺が疑問に思えば俺の周りの選択肢は増え続けた。この疑問に答えなどあるわけがない。俺が答えを出さない限りそれは回り続けるのだろうが、俺は考えることをやめ、今日はつかれたとさっさと眠ってしまった。

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